2009年11月

Google Apps SE その2

Google Apps SEのメールの件ですが、gmailのインターフェースでも読み書き出来ました。URLはまだgoogleのままですけど。そこをどうするかが悩みどころですね。

Google Apps SE

暇でもないのですが、仕事をしながらGoogle Apps SEを試してみています。とは言っても、Google Apps SEのすべての機能を使いたいというわけではなく、単にSitesを使いたいなと思っただけなのですが。ただのGoogle SitesよりもGoogle Apps SEで使うSitesの方が容量が大きいらしいと聞きまして、それで無償でもあるし、どうせドメインを持っているのだからと思い、登録(?)しました。ホスティングしてくれているところへのサブドメインとしてのDNSへの登録方法が、Googleの説明だと分からなくてちょっと悩みましたが。また、登録しても、その情報が伝播するのにちょっとだけ時間がかかったりもしました。

メールサーバの機能もついてきているのですが、使うことはないような気がします。gmailでメールサーバにはなってくれるものの、クライアントは(?)gmailではないんですよね。あ、でも、gmailのアカウントの方でインポートか何かするように設定すれば良いのか。なんか容量の無駄になりますけど。そうするとMXレコードの設定が、私の場合はどうなるのかが問題ですね。

Docsについては、もしかしたら、その(サブ)ドメインに登録した(する)ユーザ間での何かのやり取りに使うかもしれません。

チャットはどうだろう? あったら便利かもしれませんが、ソフトがWindows用しかないらしいです。普段はLinuxマシンで何かをやっているので、やっぱり要らないかな。おっと、今、確認したらWebベースのものもあるみたいです。ならもうちょっと考えてみることにしましょう。

それからモバイルというのもありますね。「Google Appsを携帯電話にインストール」とか書いてあります。推奨はAndroid, Blackberry, iPhoneみたいですが、他のものでも何かができるらしいです。これはさすがに要らないか。

やはり魅力はSitesの容量ですね。ページにデータを添付するにせよ、ファイルキャビネットという機能を使うにせよ、Sitesで使える容量が多い(らしい)のが頼もしいです。でも、全体としての容量は多いとしても、1個のファイルのサイズの上限はどうなのでしょう? 10MBという記事を見ましたが。

また暇をみて調べたりいじったりしてみます。

マルチコアCPU

マルチコアCPUが世に出て久しいわけですが、ちょっと疑問が。

友人の話として、マルチコア技術がうまく生かされていないという話を聞きました。これは、Windowsの問題なのか、マルチコアの制御ユニットの問題なのかは分かりませんが。

昔のそれなりに高性能なコンピュータは、CPUボードがいくつも刺さっていて、制御ユニットがジョブないしプロセスを結構うまく配分していたような覚えがあります。マルチコアの使いこなしがちょっとというのが、今のチップとしてのCPUにする際に制御ユニットが面積かなんかの関係で簡略化されているのか、単にWindowsの問題なのか、それは分かりませんが。CPUメーカが出しているコンパイラを使うとずいぶん違うという話も聞いたことがあるので、制御ユニットがまだちょっと甘いのかもしれません。

マルチコアの数はそろそろ安定してきているのでしょうか? もし、制御ユニットの問題だとしたら、そちらをどうにかする方向に進むのでしょうか? Windowsの問題だったらCPUメーカといろいろあって難しいかもしれませんね。

ところでGoogle Go Languageですが、GoogleはChrome OS(中身は原則Linux)をGoで書き直したりするのでしょうか? マルチコアを生かせるような言語というのがGoの売りらしいので、その可能性もありますよね。GoのプロジェクトとChrome OSのプロジェクトがどう関連しているのか、関連していくのかは分かりませんが。

研究会発表やめるかも

締め切りなどはちょっと先なのですが、研究会発表をやめるかもしれません。

と言っても、論文がまとまらなかったわけではなく、むしろ逆で、論文を書いたり修正したりしながら考えをまとめているうちに、何か出来そうな方向性が見えてきてしまって。そうなると、ちょっと欲が出てきてしまい、少しなりとも成果を出してからなどと思っているわけです。

とは言え、少しなりとも成果を出してと言っても、簡単なレベルでの実現も結構難しいなぁという予想は立っていて、すぐに何かを出せるわけではなさそうなところが悩ましいところなのですが。

う〜ん、どうしましょう?

2012

ローランド・エメリッヒ監督, COLUMBIA pictures他, 2009.

えっと、つまらないことですが、監督の名前は「ローランド」という読みで良いのでしょうか? パンフにはそう書いてありますが。ドイツ系というかドイツ生まれらしいのでローランドで良いのかな?

2012を観て来ました。ネタは、日本でももうどれくらいでしょう? 20年くらいにはなるのでしょうか? それくらい古いネタで、マヤ暦が西暦換算の2012年の年末頃で終わっているので、世界もそこでリセットされるというネタです。ネタ元のマヤ暦について言えば、大雑把な話、還暦みたいなものなのですが。

それにしても、もう、何がミニチュアで、何がCGで、何がスタジオその他なのかさっぱりです。

話の内容的には、あまり面白くありませんでした。ほとんど終わりまで、終末の映像。後は我侭を通した人がある混乱の原因を作り、それを解決して大団円。それだけです。あぁ、一人寂しく忘れられている女性も居ました。

で、AVATARの予告編も流れましたが、これも映像は凄そうです。3Dだそうです。眼鏡をかけて観るのか。分子構造の立体表示をちょっと見たのを除けば、実はそういうの初体験予定です。話の内容的には、もしかしたら予告編で十分かもしれません。細部はともかく大筋はこんな感じかというのがいくつか考えられますが。ただ、予告編は意図的にシーンを前後させて作られてたりもするので何とも言えませんが。

しかし、私のサブの研究テーマ(本当はこれをメインにしたいのですが)みたいなことをやってると、「あぁ、そういう話ですか」というのが多くなります。もちろん、それがいつも当たっているわけではありませんし、こちらは話を創るプロではありませんから(友人にはプロが居たり、プロデュースする側が居たりしますが)、こちらの予想を飛び越えたものをいつも期待しています。観終わったりすると、「あぁ、これとこれ・・・」みたいな事は結構いつもですけど。

例えばの分かりやすい(?)話として、漫画家の椎名 高志さんの「GS美神極楽大作戦!!」(で良かったでしたっけ?)と、「絶対可憐チルドレン」て、視点を定めてみると同じなんです。念のために書いておきますが、その同じということは別に作品の面白さとか作者の力量とは関係ありません。ジャンルや作者の黄金パターンみたいなものです。

で、学生が読んでる本の出だしを聞くと、「あぁ、こういう話ね」みたいなことがありまして、学生から言われたりもするわけです。「そういう風に、漫画を読んだり、小説を読んだり、映画を観たりしていて楽しいですか?」などと。

そこはそれ、プロの創るものを読んだり観たりするわけで、予想が覆されることも多々ありますし、描写や映像が凄いなぁと素直に感心や感激もします。もっとも、改めて「人間の想像力というのはやっぱり枷がかかっているのかな?」などと思うことも無いわけではありませんが。いや、実際のところ、枷がかかっているのか、売るために敢えてそうしているのかは、私は創る側ではないので分かりませんが。

そうそう、年明けに公開されるブルース・ウィリス(でしたっけ?)主演の、「サロゲート」という映画も面白いかもしれません。まだポスターしか観ていませんが。ブルース・ウィリスと言えば、「アンブレイカブル」が好きです。劇場パンフでは、確か3部作と書かれていたような気がするのは気のせいでしょうか?

学歴分断社会

吉川 徹, ちくま新書(772), 2009.

著者は、「日本人の多くが、学歴の上下を表立って口にすることを、長い間『タブー』だと信じ込まされてきた」という。そして、学歴を切り口に、格差社会と呼ばれる現代社会を分析している。

著者は、学歴を二層に分けている。一つは大卒層であり、これには博士卒、修士卒、四大卒、短大卒、高専卒が含まれる。もう一つは高卒層であり、こちらには専門卒、高卒と中卒が含まれる。

現在、大学全入時代と言われるが、大学進学率で言えばおよそ50%である。これは高卒層がそもそも大学への進学を希望していないためである。親子の世代間での大卒層と高卒層を比較すると、昔は親=高卒層-子=大卒層という割合が高かったが、現在では、親=大卒層-子=大卒層、あるいは親=高卒層-子=高卒層という、学歴の分断が起きているという。ただし、この分断は絶対的なものではなく、親=大卒層-子=高卒層のような入れ替えも存在している。つまり、先にも書いたが、大学に行けないのではなく、大学に行かないことを選択している高卒層が決して少なくないという。この、大学へ進学しないことを自ら選択する人々が50%もいるということには驚きを感じた。

しかし、そうした高卒層の就労環境はどうかといえば、はっきり言ってあまりよいものではない。給与、待遇、就職・転職時に使えるカードなど、大卒層と高卒層では大きな差があるという。だが、著者は、「だから大卒層になれ」とは言わない。

学歴の分断は、別の言い方をすれば学歴の継承であり、ある意味においてライフスタイルの継承とも言える。著者は、子供が全員高卒層である人へのインタビューから、「子供が近くに住んでいてくれてうれしい」というような発言を得ている。親と子で学歴層が異なれば、ライフスタイルもおそらくは異なるであろうし、ライフスタイルが異なれば、文化などの継承にも問題が出てくるだろう。

著者が最後に提言しているのは、異なる学歴層の人々による共生である。会社などの採用時には、大卒層と高卒層の採用比率を法で定めるとか、あるいは仕事その物の役割分担である。

それが格差社会の解消になるのかどうかはわからないが、面白く読ませてもらった。

Google Go Language

REBOLのメーリングリストで知ったのですが、Googleが新しい言語を発表(言語の開発を発表?)したみたいです。名前は"Go"。

FAQによると、なんでも、マルチコアマシン上でのシステムソフトウェア開発用言語を狙っているらしいです。ガーベージコレクションと、並列動作(と言うのでしょうか?)、および(多分、並列実行しているスレッドか何かの間での)通信も提供しているのとこと。

Pascal的な、型の宣言が変数や関数名の後に来たり、":="という先祖返り的な代入記号を使ったりしています。その他にも、"()"の数を減らせるような書き方になっていたり、多値というか一つの変数に複数の値を持たせたり、多分関数の返り値でもそれができると思いますが、そういうのや、オブジェクト指向言語っぽい書き方は出来るけど型の継承はないとか、あとはコンパイルがとても速いらしいなどの特徴があるようです。

見た目的とか、概念的に「面白い」というのは、ちょっと見たところでは見当たらないかもしれません。システムソフトウェア開発用だったら、まぁそうだろうなとも思いますが。

あ、そういえばREBOLのドキュメントをしばらく訳していないですね。これまでに訳したものも版が代わったりしているみたいなので、またぼちぼち続けていきます。

100円ノート「超」メモ術

中公 竹義, 東洋経済新報社, 2009.

今の所に来る前ですから、簡単に数年以上前ですね。その頃から、100円ノート「超」メモ術のwebページはたまに見たりしていました。ノートの後ろからインデックスを付けるとか、多少参考にしています。見出しを塗りつぶしたりはしていませんが。

見出しについては、日本のノートの製本は、無線綴じでも糸で綴じるのでも精度が結構高いというか、罫線が大体揃っています。それに対して、普段私が使っているクレールフォンテーヌのAgeBagの方眼なんかは、結構ぼろぼろというか罫が揃ってないのが普通だったりします。なので、私は見出しの箇所を塗りつぶすようなことはしていません。まぁ、それでも、後ろのページの罫に合わせて無理やり見出し用の線を描けば済むことですけど。

ですが、やはり一冊の本にするにはちょっと無理があったのではないかと思います。内容的には結構薄いです。とは言え、A6ノートを活用しようという類の手法の元祖的手法ですから、本になっていても悪くはないと思います。もっとも、この方法はA6ノート限定ではないことは著者も述べていますが。

東大某助教

論文を投稿して、なんだか呆けていました。戻ってきてからが大変という話と、戻ってくるまでにもう一度論文に書いた数値の確認をしておこうという話などもあるのですが。

とは言え、何もしてなかったわけでもありませんが。研究会の論文の詰めを頭の中であれやこれや考えていたり、エディタで打ち込んだり修正したり消したり、参考文献をもう一度調べなおしたり、講義の準備をしたり講義をしたり、学生の指導をしたり叱ったり。

でも、まぁ呆け気味でした。

呆けついでにこんなところを見てみました。真偽、是非についてはコメントしません。

わかりやすいまとめサイト
http://sites.google.com/site/introserkan/

まとめwiki
http://www29.atwiki.jp/serkan_anilir/

アニリール・セルカン(Serkan ANILIR)氏の経歴詐称、業績捏造の追求blog
http://blog.goo.ne.jp/11jigen/
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