2011年04月

歯医者(の話題ではない)

歯医者に行ってきました。歯を削るので、念のため麻酔をと言うkとで、麻酔注射がありました。

で、麻酔注射の話なのですが、学生の頃に顔面神経麻痺というものになったことがあります。ストレス性という俗説もあるようですが、実際は感染症という説明を受けました。どこで感染したのか、なぜ私だけ発症したのかは分かりません。推測としては、24時間365日遊び倒していたので、体力が落ちていたのかもしれません。それはともかく、この治療法が、神経ブロック(だったかな?)という方法で、要は麻酔で神経を麻痺させることで、顔への血流を回復するという方法でした。神経の麻痺と血流の回復の間の関係は、説明を受けたとは思うのですが忘れてしまいました。

さて、本題の一歩手前です。顔への血流を回復するということですので、麻痺させる神経も顔に近いところです。どこだと思います? 大雑把に言えば首です。首に、注射針を刺して、麻酔薬を注入します。ただでさえ、首に注射されるとなると「怖い」と思う人が居ると思います。私も思いました。おまけに、「唾も飲まないでねー」とか言われるので、その程度でも何かまずいことが起こるのだろうと、戦々恐々。結局、何回注射をしたのかな? まぁ、何回も注射しました。麻酔注射をすると言っても、ブロックする神経の場所なんだか種類なんだかの違いなのだろうと思いますが、いわゆる麻痺という感覚は無かったように思います。

というわけで本題です。首に注射するわけで、注射をする際のちょっとした振動みたいなものが微妙に感じられます。その際なのですが、すんなり刺さる場合と、ゴリゴリというような感じを受ける場合とがありました。「すんなり」と「ゴリゴリ」の違いはなんだったのかなぁと疑問に思っています。その時も使い捨ての注射器だったと思うので、針先の程度の良さによるものなのか、刺す場所や確度の微妙な違いによるものなのか、それとも医師の腕によるものなのか。患者としてはすんなり入ってくれる方が、まだ気分が楽でした。ゴリゴリという感覚があると、「刺さってきてる」ということを実感してしまい、正直に言って怖かったです。うーん、何の違いなんでしょうね?

使い捨ての注射式はおそらく大量生産品ということになると思うのですが、針先の研磨もやっていたのでしょうか? たぶん工程に入っていると思うのですが。そうすると、それを機械がやってたのか人がやってたのか。人がやってたのだとしたら、「すんなり」と「ゴリゴリ」の違いに、その職人さん(?)の腕の違いという可能性もあるのかもしれません。機械だとしても、研磨に関わる部品の状態とか、機械そのものの状態も影響しているかもしれません。

今は、注射針も進化しているようなので、仮にいまその治療を受けたら、どうなんだろうというのも気になります。飲食に不便が出るので、また感染&発病したいとは思いませんが。

話が戻りますが、昔は注射器は使い捨てでなく、小学校辺りでの予防接種でも、3人くらいは同じ注射器を使いまわして注射をしていたように思います。これが今、問題になっているみたいですが。それとも一応決着したのかな? そのような使い回しではなくとも、昔は医院にも滅菌装置があって、同じ注射針を何回も使っていました。そうすると、使っているうちに針先の状態が悪くなっていく可能性というのは無かったのでしょうか? ある程度の回数が使えれば元を取れるくらいの価格だったという可能性もあります。でも、注射針の砥ぎ氏とかいたらかっこいいかもしれません。ブラック・ジャックにも、メスの砥ぎ氏の話があったように思います。

一瞬、本気で悩んだ

一瞬だけですけど、ノマドとモナドを勘違いして資料を読んでました。あまりに意味不明なので、一瞬本気で悩みました。なんでそんな勘違いをしたんでしょう。音が似てるからかな。

もっとも、どっちも「ちゃんと理解しているか」と聞かれると、怪しい返事しか出来ませんが。

DNAコンピューティング

いわゆるDNAコンピューティングはDNAの合成過程 or 結果による計算だったりするわけですが、それとは別物です。えーと、Google Scholarで、「DNA RNA Turing Machine」で検索してみてください。日本語の文献に絞ると、関係なさそうなのが数個表示されるだけみたいです。1973年とかの文献があったりします。あー、サイトの会員(法人 or 個人)でないと見れないのが多いな。これはGoogle Booksだから読めるかな? "A DNA and restriction enzyme implementation of Turing machines", PWK Rothemund - DNA based computers, 1996.  こっちの方が良いかな? Brown大の図書館みたいなので、見れると思いますけど。"The fundamental physical limits of computation", C. H. Bennett, R. Landauer, Scientific American, 1985.

何となく思いついたのは、修士の頃(199x年)だったと思います。ゲームの設定を考えている時だったと思いますが。「DNA(というより細胞か?)とチューリング・マシンは似てるかもしれない」というものです。

DNA(無限長ではありませんが)をテープに、DNAから情報を読み取るRNAをヘッド(の一部)に置き換えて考えてみます。RNAがDNAから読み出した情報は、化学物質として細胞内に散布(?)されます。で、細胞内のそういう物質の濃度なりなんなりを、ヘッドの残りの部分である「状態」に置き換えてみます。チューリング・マシンでは、テープ上のデータの書き換えが行われますが、DNAでは損傷部分の修復の場合とコピーエラーをのぞき、書き換えはないだろうと思いますが。

こういう対応付けが可能なのかどうかは分かりませんが、なんとなく対応付けができそうな気がします。そうすると、「細胞は計算している」なんてことが言えるのかもしれません。おまけに、生化学より計算しているという方を重視するなら、DNAの書き換えも問題無しですし。やはりすごいな、チューリング!という感じでしょうか。

まぁ、生化学のことは何も知らないので(あぁ、伯父に申し訳ない)、どれくらいの妥当性があるのか知りません。でも、伯父が存命中にこんなことを話しといたとしたら、どんな批評をしてくれたでしょうか? もっとも、それは物理的に無理だったわけですが。それでも、今考えると、聞いてみたかった。

で、ちょっとファイル整理みたいなことをしていて、「そう言えばそんなこと考えたね」というのがあったり思い出したりしたので、検索してみたのでした。この類の研究はどこまで進んでいるのかというのが気になります。ちょっと週末に時間を取って眺めてみようかな。

Boogie Board

先に、Boogie Boardについてこんなことを書きました。

>もしかして、一画面が1つの液晶なのでしょうか? そして、液晶には圧力が加わると
>その部分だけ電圧がかかったのと同じように白くなるような性質があるのでしょうか?

「一画面が1つの液晶」というか、「一画面が一画素」と書いた方が良かったかもしれません。

で、ちょっと前のエントリで、「一画面分のメモリがあって、それと、今書いている画面の入れ替えを出来ればもっと便利かも」というようなことも書いていました。ですが、「一画面が一画素」だとしたら、原理的にそれは不可能ですね。そうか、だから逆にメモリの機能も無いのかも…

授業中のマナー

Yomiuri Online > 大学の実力 > 授業中のマナー

>千葉の高校教員から手紙が届いた。「大学の実力」調査で、授業中のマナーへの対応を
>尋ねていないかというのだ。

ということで、この先生は高校での携帯電話のマナー教育(?)の例を挙げているようです。

うーん、不登校問題については、大学の実力の記事に賛同する部分も大きいですが、これについてはどうなんでしょう? 私が所属しているところでは(あまり)問題になっていないだけで、大きな問題になっているところもあるのかもしれません(記事にはそれっぽい記載もあります)。そのあたりの実情というものが分からないという前提でということになりますが…

講義中に私語とか、携帯電話をいじったりしていれば、おそらくは試験の結果に影響してくると思います。携帯の着信音が問題という可能性もありますが。大学は単位制であることとか、望んで進学したことを考えると、「言うまでもない」ことのように思います。

こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、新歓コンパなどで、お酒だって飲んでしまうかもしれません。社会的にも、まだ指導を受ける側なのできっちり一人前として扱われるわけではありませんが、そこそこ一人前という扱いでしょうし、そこそこ大人として扱われるわけです。そのように扱われる学生に、高校から継続したマナー教育が必要なのでしょうか? そもそも、小中高の学校でさえ、それほどマナー教育をやる必要があるのでしょうか? 家庭での育て方の問題のように思います。

でも、入学時や新年度開始時のオリエンテーション以外でそういうことをやろうとするなら、ホームルームとかも大学には無いので、単位が出る講義としてやらないといけないですよね。それも必修でと言うことになるのでしょうか? そこまでやる必要があるのかなぁ…

えーと、話はまったく変わりますが、ずいぶん前から思ってることをついでに書いておきます。

「さんてんりーだ」という入力から、「…」に変換してくれるとか、「なかぐろ」から「・」に変換してくれるとか、「ぎゅめ」から「《》」(あれ? 記号が違ったかな?)に変換してくれるとか、そういう記号類(数学記号も含めて)の名前からちゃんと記号に変換してくれるIMEって無いのでしょうか? 自分で辞書登録すればいいわけですけど、面倒なので。

Boogie Board

Boogie Bordの写真をちょっと入れときます。
(む、blog編集画面のインタフェースが変わった。)

DSC_0011









仕事関係のメモが書いてあって、ちょっと恥ずかしいので、横向きのまま。

で、Boogie Boardって、"LCD Writing Tablet"というサブの名称というか、説明があります。写真では確認出来ないと思いますが、何か書いても、いわゆるLCDのディスプレイ(あぁ、Dが重なってる)の画素のような四角が確認できません。LCDなのに、どうなっているんだろう?もしかして、一画面が1つの液晶なのでしょうか? そして、液晶には圧力が加わるとその部分だけ電圧がかかったのと同じように白くなるような性質があるのでしょうか?

Boogie Boardの説明書だと、画面を消すときだけ、電気を使うとかいてあります。感圧で、画面をその都度書き換えているとしたら、電池が交換出来ないというのはおそらく致命的な欠陥でしょう。だとすると、説明は多分本当なのだと思います。でも、そうすると、どうして感圧で白くなるのか、やはり謎です。画素の確認ができないのも謎です。

えーと、それはともかく、予算の無駄遣いではなく、ちゃんと使っているということで。

Google Apps

う〜む。なんかGoogle Appsが期待どおりの動きをしてくれない。やってることがちょっとややこしいというのもあるのかもしれないけど。

やってるのは、a@google.apps外のgoogleのアカウントのカレンダーの項目を、b@google.apps内のアカウントとc@google.apps内のアカウントで共有。で、b@google.apps内のアカウントで作ってるサイトのページに、c@〜のカレンダーを埋め込むということをやってます。

a@〜と、b@〜とc@〜の共有はうまく出来てるし、b@〜とc@〜のカレンダーで見てもちゃんと表示できる。で、c@〜の項目はgoogle.appsのユーザ内に見せるように設定してる。しかし、b@〜でも、c@〜でも、それ以外のd@〜のアカウントでも、Google Apps.のサイトに埋め込んだカレンダーを見ると、「閲覧権限がない」とかなんとかで表示されない。

これが常に表示できないのであれば、まだ何か設定がおかしいのが確実なのですが、見えるときと見えないときがある(見えないときの方が多いかも)。う〜む。何がいけないのだろう?

号外!! 虚構新聞

虚構新聞社 UK, 笠倉出版社, 2011.

Webでもたまに虚構新聞(旧サイト)読んでおり、笑っていました。これが本になりました。早速買い求め、笑っております。

で、「あ~、こんなのあったな」と思うとともに、よく考えたなと思う記事もたくさんあります。その中から1つ挙げます。『「2と1は等しい」 数学界で論議』です。単純なことなのですが、意外に一瞬「あれ? 何で?」となるかもしれません。

あと、「上海電波有限公司」(という架空の出版社)ネタがサイトにはいくつもあったと思います。こちらは普通にバカらしくて笑えます。

インストール

普段使っているLinuxマシンと、Windowsに、FireFox4とOpenOffice.org 3.3をインストールしました。Windowsはもう一台インストールしないといけませんが。

Linuxの方のOpenOffice.orgですが、インストール後にヴァージョンの確認画面を見たら、なんか3.2って出ます。ビルド番号は新しくインストールしたほうが大きいので大丈夫だと思うのですが。そこにはまって、起動シェルスクリプトとかさんざん眺め回しました。

お試し用の電卓で、TI-Nspireもいじっています。いわゆる電卓とは感じが違いますが、結構いいかも。日本代理店はNaocoさんです。これも、電卓の方のOS等のアップデートをしました。アップデート後はなんか画面が微妙に変わってます。いわゆる電卓とは感じが違うわけですが、スケジュールとかToDoとか、メモを書けたりします。NetBookなどもあるとは言え、PCを持ち歩くのは重いわけです。気軽に持ち歩けるし、どうせ学校で使うものだからそのあたりの機能も入っているということではないかと思います。Voyage 200も似たような感じがあります。iPad2で少しは軽くなったとはいえ、常に携帯するにはまだ微妙に重いのではないかと思います。いずれ、電卓はiPadなどの系統の機器で駆逐されるのかもしれませんけれど。でもまぁ、TI-NspireにせよVoyage 200にせよiPad2にせよ、学生に「絶対買え」というにはちょっと高価ですね。

さて、Androidの開発環境も整えなければ。一応インストールはしたおきました。ですが、しばらく前だったのでヴァージョンアップしてるみたいだし、どう使うのか忘れてたりするので、そのあたりをいろいろしないと。

HP 15C (その2)

HP 15Cを使っていると以前書きました。今日、なんとなく検索してみたら、マニュアルのPDFファイルを見つけました。本家HPでの公開です。スキャンしてPDF化したのでしょう。ちょっと劣化というかなんというか、そんな感じの画像になっています。

そろそろ常用の電卓を新しいのに使用かと思っていまして、新しい電卓をお試し中です。とは言いつつも、しばらく前に、HPのeasyCalcとsmtCaltのセットが安かったので買いました。smartCalcはそれなりに機能のある関数電卓です。HP 15Cがあったり、そういう機会がなかったのでこれまで気づきませんでしたが、smartCalcには複素数を扱う機能が無いみたいです。まぁ、複素数はそんなに使わないといえば使わないかも。でも稀に使うことは使うしなぁ。「smartCalc、結構いいね」と思っていたところなので、残念感が強いです。まぁ、稀になので、その時はそのときでどうにかすればいいとも言えますが。ただ、学生は複素数を使う講義もあるだろうから薦められないのが残念です。
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