2012年03月

emacs, Fedora16

Fedora16でemacsを使おうとする際の問題は二点ありました。

一点目は、global-key-mapで定義しているにもかかわらず、自分用のデフォルトのキーバインドがきちんと動いてくれなかったことです。カーソル移動のような基本的なところでつっかえるのでストレスが溜まっていました。ですが、これはemacs 23での設定ファイルの標準的な置き方をしたところ、それだけで解決しました(ファイル名は次の理由で変えましたが)。「emacs 23 .emacs.d」とかで検索するといくつも参考になるサイトがあります。私は「czk-htnの日記: Emacs-23.2 for Windowsを試す」を参考にしました。ファイルを読み込む順番を指定できるらしいところが気に入りましたので。

二点目は、emacsでSKKモードに入ると、キーの入力がうまくskkに(?)伝わらないという問題でした。例えば、skkモードで「kakikukeko」と入力したら、「かきくけこ」とskkに伝わって欲しいわけですが、これが「かいうえお」のような感じでskkに伝わっていました。キー入力に関係しているどこかに問題があるのは確かなのですが、原因がわからずにいました。今日改めてemacsの画面を見てみたら「Ibusがどうの」とモードラインに出ていました。たしかに入力に関連する所ではあるので、emacsのibusの口(?)を無効にしたところ、どうやらそれが当たりだったようで、skkの動作にも問題がなくりました。ibusの口をいじるのは、emacsのカスタマイズの画面のI18Nあたりのところからいけます。なぜこんな衝突が起こるのかはわかりませんが。

これらとは関係ありませんが、Fedora16でGNOME3になったとかで、ウィンドウとかの管理がGNOME shellというものになっています。これはこのままでは使いにくいので、「gnome-extensions-*」の好きなのを入れて使うといいと思います。avant window navigatorは結構便利です。

emacs

emacsはなんと読むのが正しいのでしょうか。私はつい「エマックス」と呼びますが、「イーマックス」の方が正しいのかな。

emasの初期設定ファイルの使い方がいつの間にか変わっていたのか、OSのアップグレードに伴い、これまでの設定だとどうもうまく動いてくれない。ノートPCのemacsは新しい設定方法になったものを入れているようなので、それを参考にデスクトップの方も手直し。ここでうまく行ってくれればいいけど。

何が悪いのかといえば、私がずっとemacsのデフォルトのキーバインディングではなくwordstarライクなものを使ってきたことと、設定ファイルを更新していなかっこと。wordstarライクなキーバインディングはTurboPascalで身についたものなので、なかなかこれから抜けられないし、設定ファイルに手を加えるのは面倒だったから。

モードによってhookを使ってもmode-mapを使ってもキーバインドを一応変えられるみたいだけど、なんか面倒。
モードごとにやらないといけないみたいなので、ちょっと面倒。nxhtmlとか、タグの対応や色開けで便利なんだけな。そっちのキーバインディングを、そのマクロ(?)ファイルでは無いくとも設定しなおさないといえけないので、作業量を考えるとどうにも気が乗らない。

おまけに設定ファイルを新しいやり方に直してもSKKの動作もなんだかまだおかしい。ストレスが溜まってしまう。

まぁ、まあしばらく仕事をしながらいじってみます。

手塚先生

ブラック・ジャック創作秘話, 吉本 浩二画, 宮崎 克原著, 秋田書店 2011.

この本の何ページだったかは忘れましたけど… 手塚先生がアメリカに行っていて、アメリカから電話で描く絵を指示するという話があります。で、その際に、事務所(?)の本棚のどのあたりの何冊目にある本の、何ページの何コマ目の背景を使ってみたいに指示を出したという話があります。

で、その話を読んで違和感が。手塚先生の場合は自身の作品なのに対して、私の場合は他人の著作という違いはありますが。それは別にして、どんなことがどの本のどのあたりに書いてあって、その本はどのあたりに置いてあるって、普通把握してないですか? どのあたりに置いてあるどの本のどのあたりにどんなことが書いてあるかっていう順番でもいいですけど。それを把握してないと、調べ物をできないですよね? んー、それともそういうことの把握の仕方が、私は他の人と違うのかなぁ? 普通の人は図書館的な感じで整理してるから、調べがつくのかなぁ? 私の場合、資料を図書館的な整理の仕方ができないので、どこにあるとかを覚えておかないといけないだけなのかなぁ? 図書館的な整理の仕方ができないというのは、例えばAに関する本と、Bに関する本と、Cに関する本が、相互に関連があるので、例えばA, B, Cみたいに分類して本棚に並べると、却って分かりにくくなるということですが。むしろ、A, B, Cが三角形になるように床に置いとく方がわかりやすかったり。

んー、よくわからないや。

ルネ・デカルト

デカルトは、(ego) cogito, ergo sum (我思う故に我あり)で有名ですが、そっちに行きっぱなしだと、「いやいや、その『思う』のも何者かのシミュレーションかもしれない」くらいのことになってしまう。

もしかしたらあまり知られていないかもしれないけど、デカルトは、一応そっちから、「やっぱ現実ってあるじゃん」というところに戻ってきてる。ただし、あまり合理的ではない過程でだけど。

というわけで、若い人に、「デカルトが使った帰り道を使うことは禁止」という条件付きで、「我思う故に我あり」まで行って、そこから逆に「やっぱ現実ってあるよね?」と戻ってくる過程を述べよというレポートを出した。

予想外だったのが、「我思う故に我あり」にすら合理的に到達できない人がほとんどだったこと。なぜその過程を考察できないのかが理解出来ないのだけど。ちゃんと帰ってこれる人は皆無だったかな。中には、何を勘違いしたのか、胡蝶の夢を解説してる人がいたり。

帰り道はたしかにちょっと難しくて、デカルトが合理的でない経路を通ったのも分からないではない。というか、デカルトにとってはそれが合理的だったんだけど。でも、「我思う故に我あり」に到達すると、そこを起点にして帰ってこれるんだけどなぁ。

だけど、これを行って帰ってくるのって、中学生くらいで経験してないのかなぁ? 私は小学校のころに行って帰ってきてたけど。

んー、世代の差かなぁ。

New ラブプラス

(株) コナミデジタルエンタテインメント, 2012.

何をやってるんだと思われるでしょうが、研究です。でも、なんか職場に説明するのが面倒なので、ニンテンドー3DSとソフトは自費で先日買いました(Gyalaxy Tabを買った時で微妙に懲りてる)。んー、まぁ、職場以外でも、研究と言っても素直に「へー、そうなの」と言ってくれる人は少ないでしょうけど。

一応ですね、大昔にScena(シーナと読みます。「シナリオ」が語源です)とかいうシステムを作ってたりして。あ、ちなみに、これはDOS時代のjgawkスクリプトなので、現状のgawkでは動かないんじゃないかな。日本語文字列処理の関数名とか扱いを直せば動くと思いますが。んー、でも面倒。このScenaは、大昔にRPG Magazineで朱鷺さんが紹介してくださったこともあります。あ、その時はScena1とScena2とScena3が分かれてたのかな。公開してるバージョンはその後にScena1とScena2を融合させたやつだったかも。Scena3はちょっと発想が違ってて、アイテムや人のDBからシナリオ案を出すみたいな感じを考えていたのですが、開発が面倒になってそれっきりですね。で、それが続いて、こんなのをやってたりして。シナリオやスクリプト(台本)から話を作っていくとか、話を理解するとかがどうやって行なわれているのかに興味があったりします。New ラブプラスもスクリプトに応じて話を作ってく感じらしいので、一応現状の実用品がどういう段階にあるのかという参考です。

というわけで、恋人モードに入ったのでちょっと感想を。

作りこみが足りないというか、逆に作りこんでるからと言う方が適切とも思えますが、一日の中で時系列的に若干矛盾気味になることがありますね。CPUパワーやメモリ量の問題もありえますが。でも、グラフィックをあれだけ動かしてるとなると、CPUの方は問題なさそうな気がします。

ふーむ。物語を理解するという方に最近は興味の重点がありましたが、雛型から話を生成する方もまた手を出してみるか。理解するという方で読んだ本とかを参考にすれば、新しいアイディアが出ますね。研究ではそっちがどの段階まで行っているかを確認する必要がありますが。

まぁ、もちっと遊んでみます。何か新しいことがあったりするかもしれないので(もともとコンピュータ・ゲームはほとんどやらないので、既に微妙に飽きてる。購入の目的はほぼ果たせていると思いますが)。
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