2013年05月

amazon

たまにamazon.comで買い物をしますが、あると思ってたものがないことがたまにあります。そういう時は、amazon.ca (カナダ)やamazon.co.uk (英国)を見たりもします。新刊書でも古本もあっちにはなくてもこっちにはあるとかあるので。

まぁ、だいたいamazonは、amazon.co.jpとamazon.comを見るだけですが。たまに、本によってはamazon.caやamazon.co.uk、amazon.fr (フランス)や、かなり稀にamazon.it (イタリア)やamazon.es (スペイン)も見たり。それぞれにいろいろあって面白いです。

いつの頃からか、kindleにかぎらず、英語の本はamazon.co.jpでも結構買えるようになってますね。でも在庫とかの関係でamazon.co.jpやamazon.comにないのが、例えばamazon.caにはあったりすることがります。なので、見つからなくても一巡りする習慣がついてます。

まぁ、ネットでのカード決済には怖い部分もありますが、便利。届くのに時間がかかったりはしますが。古本屋を巡って探すのよりは楽。古本屋の常連になるとそれはそれで特典がついますけど。なのでどっちがいいとはいえませんけど。目的に合わせて使い分けるというか。都会から離れてからは、ちゃんとした古本屋にはあまり行ってないからなぁ。

用語の誤用2

「記号論理学 ― 一般化と記号化 ―」, Raymond Smullyan, 丸善出版, 2013. 〔``Logical Labyrinths''(I部&II部), Raymond Smullyan, A K Peters, Ltd., 2009.〕

用語の誤用で、「証明」という言葉が法廷でおかしな使われ方をしていることを書いた。本書では、その理由として示して良いと思う説明があった。なので、それを示す。

そもそも「証明」という言葉は何を意味するのだろうか? 証明というのは、たんに誰かを説得する推論のことだという意見を聞いたことがある。なるほど、一見すると悪くない意見のように思えるが、異なる人々が異なる推論に説得されている考えると、これでは証明の概念が非常に主観的なものになってしまいそうである。[略] それでは、私たちは「証明」という言葉の客観的な定義を発見することはできないのだろうか? 私の知る限り、日常言語における一般的な証明の概念に対して、そのような定義は発見されていない。しかし、記号論理学は、与えられた公理系の「証明」の概念に対しては、絶対的に厳密を発見するという見事な偉業を成し遂げたのである!

法廷で使う「証明」という言葉の意味は、上にもあるように、「誰かを説得する推論」という意味であろう。だが、それは証明ではないと著者は明言している。というわけで、日常言語を用いる法廷において、「証明」という言葉を使うのは不可能なのだ。もちろん、法律や法廷での内容を論理として記述する試みはある。だが、それは主に見た目の話である。

ちなみに、原書だと、この本は一冊で出てるみたい。前半がこの本。後半が続く本。この本が今年出たばかりなので、後半の分はいつでるのか分からない。早く出て欲しいなぁ。

世界

いやぁ、世界共通語とか書いたけど、世界ってどの範囲を指して使えばいいのやら。

「可能世界」という考えがあります。まぁ、SFとかでも使われますけど、普通に言語の研究の話でも使います。SFの方が元になったのだろうとは思いますが。なんにせよ、今、私たちが居るこの世界以外の、可能性としてありうる世界ってなもんです。時間線みたいな感じのパラレルワールドも、大雑把にはこれに含めて良いんじゃないかな。それ以外の世界も含みますけど。例えば物語として語られてる世界とか、物語として語られている世界に対しての、時間線みたいな感じのパラレルワールドとか。物語ってのは、昔話に限りません。小説でもアニメでもマンガでも構いません。ともかく、語られるものです(書かれたり、描かれたりも含みます)。

あとは、世界=地球という感じでも世界という言葉は使われますが、それで良いのかなぁとも思います。他にも、惑星、恒星系、銀河系などもあるしなぁ。世界=宇宙という意味で使われることもあるし。

さらにマルチバースって考えもありますよね。それも世界に入るといえば入るんだろうし。

困ったもんだ。

英語は世界共通語ではありません

「英語は世界共通語ではありません」と書くと、「いや、英語こそが世界共通語だ」と声をあげる人もいると思います。しかし、現実として、世界共通語ではなく、民族語の一つに過ぎません。「英語が世界共通語でないという証拠を出せ」と言われるなら、「例えば、国際連合における公用語は何ですか?」と答えればそれで済みます(もっとも、公用語の選出が言語としてみると偏ってるよなぁと思わないでもありません。また、いずれ英語のみになる可能性はないわけではないでしょうが)。まぁ、作業言語は英語とフランス語ですが。でも、英語とフランス語なんですよね。

英語が民族語であるという点については、例えば、完了形において、なぜ"have"を使うのでしょうか? 理論的な説明はできません。民族語として成立する過程において、有標であることを示すために"have"が使われることになったとしか言えません。歴史的にそのようになったとしか言えません(現在の研究では、もしかしたら何か理屈があるのかも知れませんが)。言語というものは、極論すれば有標であることを示せればいいのですから。また、民族語であるが故に、ほかの言語を母語とする人にとっては、どうしても学習に時間がとられ、英語を母語とする人に対しては何らかの不利を背負わざるをえません。また、大昔から言われていますが、英語帝国主義といわれる問題もあります。英語帝国主義と言っていますが、英語という言語そのものが問題なのではありません。英語という特定の言語に限定されることが問題なのです。英語ではなく、日本語がその立場にあったとしても、同じ問題が生じます。民族語であるがゆえに、それを国際的に使うことを広く求めること自体に問題が含まれているわけです。

あ、それと、今の言語学というより語学学習関連の方面という方が適切かもしれませんが、そっちではどうなっているかは知らないという前提で。例えば、「完全なバイリンガル」(マルチリンガルでもいいですけど、話を単純にするためにバイリンガルとします)とはどういうものかを定義できるでしょうか? この際、そういう人が居るかどうかは気にしません。前提として、ここで想定する話者は、英語も日本語も不自由なく使えるとします。その上で、例えば、「私のコンピュータが壊れた」と話すとします。ここで、「コンピュータ」という単語は英語を起源とするものです(あー、それ以前の起源は無視します)。では、「私のコンピュータが〜」と喋る時に、「コンピュータ」の部分を"computer"と英語式に発音するのが、「完全なバイリンガル」なのでしょうか? しかし、「私のコンピュータが〜」と喋っている時には、日本語を話しているわけです。ならば、「コンピュータ」の部分も日本語式に話すのが「完全なバイリンガル」なのでしょうか? 最新の学術的研究ではどうなっているのかは知りません。ですが、この記事を読んでいる人に対しては言いますが、どちらなのか選べるものなら選んでみなさい。(あくまで個人的には、日本語式の発音に一票入れますけどね。)

では、現在、世界共通語は存在しないのでしょうか? 存在しません。「英語が世界共通語」という幻想が日本の一部の人の間においてのみ存在しているだけです。

では、世界共通語は存在しえないのでしょうか? 可能性はあります。たぶん、次の3つの可能性があるでしょう(並びに順位はありません。番号は便宜上の区別としてつけているだけです)。

1. 世界共通語としての人工言語を作る

人工言語として有名なのは、エスペラントでしょう。ザメンホフに対する思想的背景の深読みのしすぎと、日本においてはちょっと歴史的に傷がついたという問題がありますが、エスペラントを持ち出すのは、可能性としてはありでしょう。ただ、エスペラントの単語や文法は、英語寄りではありません。人工言語なので、こういう言い方が適当かどうかはわかりませんが、インド=ヨーロッパ語族に入ると言えないこともないでしょう。ですが、英語やドイツ語がゲルマン語派であるのに対して、エスペラントはイタリック語派寄りです。英語を勉強していたとしても、単語や文法の類推が効きにくいと言えるでしょう。ただ、エスペラントは習得が簡単と、昔の日本人も言ってはいます。

エスペラントを復活させるのが最良と言っているわけではありません。エスペラントという固有名を出してはいますが、そこは問題ではなく、人工言語という可能性を言っているだけです。

もちろん、仮に作ることになったとしても、どういう言語にするかという国際的な共通の認識が必要です。言語類型論あたりの話として、基本となる文法(英語のSVOに対して、日本語のSOVなどなど。あるいは屈折語、膠着語、孤立語、包合語などなど)としてどれを採用するか、基本となる単語としてどこの言語を参照するかなどなど問題は山のようにあります。

2. 自然言語に対して制約をかけた形の制約言語をつくる

英語をベースにするという話ではありませんが、手法としては、Basic Englishなどの手法です。ただ、Basic Englishはやりすぎです。たとえば、動詞がそもそもどういう概念を持っているのかについての、結構深い理解がないと、動詞を使えません。それはつまり文を作れないということになります。まぁ、別にBasic Englishを使うとしても、原理主義でない限りは好きなように850語の制限を飛び越えればいいだけの話ですが。

より現実的には、Plain Englishがあります。こちらは、人工言語や、Basic Englishほどにきっちりとしたものではありません。基本的には英文を書く際の心がけのようなものです。

まぁ、基にする言語として何を選ぶかについて、国際的な共通の認識は必要ですね。

3. 共通言語として認められる可能性が高い自然言語をどうにかして選ぶ

これも可能性の一つです。その結果、英語が選ばれるという可能性もあります。

ただし、どの言語が選ばれたにせよ、その時点から、民族語としてのその言語と、共通語としてのその言語は別物であるという認識を共有する方が無難でしょう。その言語を母語とする人たちの感覚や都合に左右されない方が良いでしょうから。

そういう意味では、死語であるラテン語を復活させても構わないわけです。まぁ、いつの時代のラテン語を採用するかは問題でしょう。ですが、例えば教会ラテン語を採用、あるいはそれをベースにするというのも可能性としてはありですね。

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ついでに言えば、共通言語を一つに限定しなければならない理由もありません。二、三の外国語を習得したってかまわないわけですし。自然言語と人工言語が、世界共通語の各々一つとして選ばれる可能性だって否定する必要はありません。

なんにせよ、日本において訳の分からない事を言っている人たちは、「英語が世界共通語だ」という考えが幻想でしかないという事実を認識するところから始めないといけませんね。

大学入試へのTOEFL導入義務化について

大学入試において、TOEFL受験を義務化するという提言が出ています。

点数については、各大学で定めればいいことなので、その点だけを見れば、「好きにすれば?」と思います。

しかし、現実を見ると、そうも言っていられません。

問題点は基本的には4つあります。

1. 現在、日本ではTOEFL試験はiBT形式で行われている
インターネット接続した計算機を使ってテストをしています。これについては、細かくさらに3つの問題があります。

1.1. 受験者分のPCの確保が必要
当然ですが、一回のテストの受験者分のPCが用意できなければ話になりません。第何回のどこどこ会場のテストというのを、たとえば午前と午後に分けることも不可能ではないでしょう。しかし、後で述べる守秘義務、あるいは単純に午前の受験者から午後の受験者になんらかの情報が漏れる可能性があります。

1.2. 会場内でのPCのネット接続が必要
インターネット接続した計算機を使ってテストをするので、当然、用意した計算機はネットに接続できなければなりません。まぁ、今なら無線LANを使うことで手間は相当省けますが、接続や接続状況の確認に手間がかかることは変わりありません。

1.3. 受験に問題ない程度の容量をもったネット回線の準備
まぁ、会場がある建物は、全受験者が同時に何かをしても問題がないように、高速のネット回線が引かれている必要があります。リーディングとライティングあたりは、まぁどこでも問題ないでしょう。ですが、リスニングとスピーキングには個々の受験者ごとに幾分なりとも帯域を取るので、注意が必要です。

これらの問題については、iBTではないテスト形式を用いれば回避可能です。

2. スピーキングテストがある
スピーキングがあるということは、受験者が声を出すということです。ある特定の受験者の解答は、他の受験者にとってはノイズになりうるということです。

これについては、遮蔽版を用意するとか、ノイズキャンセリング機能が強いヘッドセットを使えば、ある程度は回避可能かと思います。ノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンを普段使っている人は、「あの程度ではちょっと」と思うかもしれませんが、あれはわざと少し外の音が聞こえるようにしています。街中を歩いているときに車の音とかが何も聞こえなかったら逆に危険だということは想像できますよね。だから、そうなっています。なので、そのあたりを無視して強くノイズキャンセリングできるようになっているヘッドセットを使えば良いわけです。

3. 案外、用意されている問題数が少ない
現在、何百問用意されているのかはしりません。しかし、まだそれほど多くないはずです。ということはどういうことか? 事前の情報収集やテスト対策が有効だということです。それはどういうことかというと、高校や予備校での英語教育が、結局はテスト対策になるということです。TOEFL導入を支持している人は、そういうことを理想としているのでしょうか? たぶん違うと思います。とすると、どうにもならない矛盾が発生します。

問題数が少ないことと関係するのかは分かりませんが、TOEFLの受験者は、テスト内容などを漏らさないという守秘義務契約にサインが求められます。テストの公正性や、あるいは商売も関係しているかもしれませんが。でも、まぁそんなものは無視されるので、情報は今ならネット上にダダ漏れです。その結果、ETS側の判断で、第何回のテストは無効とされる場合があります。テスト対策ではあってもまじめに勉強した人も巻き込んで、無効になります。「何点取ったから、あそこの大学の基準は満たした」と思っていたら、「無効です」とか言われる可能性があるわけです。困りますね。

あと、iBTでは、第何回という特定のテストを受けたとしても、提示される問題は受験者ごとに異なります。問題数の制限から、完全に異なるということはないでしょうが。受験者の解答を計算機(受験者の端末なのか、接続先の計算機なのかは知りませんが)が判定し、次に出す問題を決めます。それにより、受験者にとっても、用意してある問題にしても、比較的少ない問題数で、受験者に見合った得点を出せるようになっています。

4. 受験者数の急増
TOEFL受験が義務化されれば、当然、今よりは受験者数が急増します。いずれ解消されるとしても、ETS側でそのような受験者の急増に対応できるでしょうか?

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というような感じです。なので、正直、現状で義務化するのは無理です。義務化しようといっている人は、控えめに言っても馬鹿です。その上、TOEFL受験の義務化によって、英語の能力が上がると考えている人は、極めて控えめに言っても知的能力に障害があるとしか評価できません(表現としての問題であって、知的障碍者を差別する意図はありません)。

さらに言えば、なぜそんなに英語にこだわるのか、理解できません。英語は民族語の一つに過ぎません。「英語は世界共通語だ」と言われるかもしれませんが、それでも民族語の一つに過ぎません。便宜上、英語が使われる場合が幾分か多いというだけです。民族語であるがゆえに、英語圏においてさえ、Plain Englishなどの運動が起きていることは知らないのでしょうか? まぁ、英語の運用能力の向上は、何がしかに役立つとしましょう。ですが、言葉の行き違いをより少なくし、よりはっきりとしたコミュニケーションをとるためには、相手が使っている言語を習得することが望ましいでしょう。英語を第一外国語として習得するとしても、第二外国語、第三外国語の習得が前提になければ、無意味です。英語の運用能力が向上すれば、グローバル人材になるとか思っている人がいるとしたら、いくつもの意味において(英語の運用能力以外に、そもそも何ができるのかの方が重要です)、これ以上ないほど控えめに言っても知的能力を有しない人としか評価できません(表現としての問題であって、知的障碍者や脳および身体に関する障害者を差別する意図はありません)。

追記(2013-May-05 02:31) ---- BEGIN
TOEFLがどうのこうのより、そもそも高校生や大学生のときから、英語のwebページを読むのは普通のことだと、学生自身が考えるようにする方がよほど有効だと思います。「それではスピーキングがどうのこうの」といわれるかもしれませんが、そもそも入力がなければ出力は困難です。特に民族語では、「こういう言い回しが普通」というものがいくらでもあるので、仮に言いたいことがあったとしても、まずはそういうものの入力が不可欠です。

あとは、「発音が云々」という話もあるでしょうが、そんなものは気にしなくて大丈夫です。気にするのは、話す内容がないからくらいの考えで構いません。現実には状況はいろいろでしょうが、こちらが英語を使う場面というのは、相手もこちらも何らかの共通の目的がある場合でしょう。ですから、相手がネイティブの英語話者だとしても、こちらの話す内容を聞こうという姿勢で聞きます。おまけに、日本語を母語とする話者が話す英語に相手が慣れてくれていれば、まったく問題はありません。

「リスニングはどうする」とかも言われるでしょうが、英語のwebページを読むくらい普通という感覚と同じく、たとえばYouTubeで英語音声の動画を見るのは普通くらいになれば、リスニングも困りません。
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追記(2013-May-05 03:31) ---- BEGIN
発音について。言ってしまえばですね、例えば「大阪弁訛りの英語」(と書いても想像できないでしょうが、そうとしか表現できない)で通じてるのを目の当たりにすると、細かい発音がどうとか言っても意味がないって実感できますよ。そりゃ出来ないより出来たほうが良いでしょうけど。それ以前に、話す内容の方が大事だってわかります。

英語運用能力を至上命題にしてるような人もいるようですが、そんなの意味ありません。それより、母語できちんと読み書きできなければ意味がありません。
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