2013年12月

GRAVITY (ゼロ・グラビティー)

, Sandra Bullock, Alfonso Cuaron, Warner Bros. Pictures, 2013.

観てきました。面白いか面白くないかを言うだけでも難しいです。

思ったことを幾つか。

  • 登場人物が非常に少ない。
  • ステーションの中とかも含めてほぼすべてCGだと思います。
  • カメラの視点とか視線が、グルグル動きます。主人公の視点にもなったり。今、主人公がどこを向いているのか、あるいはどの軸についてどうのように回っているのかを頭の中に描くのはちょっと面倒です。でも計算された動きなので、酔わないと思います。
  • 音響が、かなりの部分、一人称的です。こういうのは珍しい気がします。
  • 「音響が一人称的」というのと関係しますが、上映後、ワーナーのマークが出るまで待ってみてください。作中でウォッカを飲むシーンもあったりしますので、「本当にそうなったのか?」という疑問が出てきます。そう思うのは、Aningaaqの影響かもしれません。

うーん、表現に悩みますが、面白いと思います。印象に残る作品だと思います。

マール主義

マール主義でいいのかな? 主義がついたかどうかあやふやだけど。旧ロシアから、革命があってソ連になる時代の人。スターリンに気に入られたのかどうしたのか、科学アカデミーかなんかの要職にも就いたらしい。死後(?)、スターリンから学説あたりを切り捨てられたらしいけど。

言語の多地域発生を主張してたみたい。で、比較言語学では言ってもいない(まぁ夢見てた人は、専門外の人も含めて結構いたんじゃないかと思うけど)、人類祖語を持ちだして当時の言語学を批判してたらしい。

まぁそれはいい。ただ、人類祖語というわけじゃないけど、言語の発生そのものについて最近、唸り声とか叫び声とかオノマトペとかが云々という話が再燃(?)している感じがあって、そのあたりいろいろとバランスはどう取るんだろうというあたりが気になっていないでもない。

閑話休題。マールは、言語は多地域で発生していて、それがいずれ一つの言語に至るという発想だったらしい。これは、言語群が、頂点が上にあるピラミッドを構成するような形(△、こんな感じ)で過去から未来へ、下から上へと変化していくという感じ。比較言語学の語族とかを、人類祖語があるとして見るならば、頂点が下にあるピラミッドのような形(▽、こんな感じ)で過去から未来へ、下から上へと変化していくという感じに受け取ることも、そりゃ可能と言えば言える(そういう考え方はあまりしないと思うけど)。まぁ、△と▽なわけで、そういう捉え方をしたら、そりゃ▽に対して批判もするだろうなという感じ。もっとも、▽をまじめに主張していた人は、そりゃいなかったわけじゃないだろうけど、普通はそうは捉えてなかった。今っぽく言えば、「何と戦っているんだ?」という感じだったみたい。(マールの全てが駄目という話でもなくて、文脈を無視して一部だけを切り出してみれば、一理あることも言っているらしいですが。)

で、これで気になったのが、今の日本のグローバル化万歳、英語万歳って雰囲気(私が感じているだけかもしれないけど)。もちろん、その風潮は、マール主義的な「歴史的にいろいろ交差とかハイブリッド化して、結果的に一つの言語になる」という考え方とも、もちろん違う。でも、グローバル万歳、英語万歳という人たちの頭の中は、「交差やハイブリッド化はないにしても、英語が勝ち残って、一つの言語というものに至る」というようなものなんじゃないかという気がする(あるいは「既になっている」なのかも)。これは、マールにすら笑われそうな世界観じゃなかろうかと思う。(もっとも、日本語は文法は結構維持していますけど、少なくとも語彙についてはかなりハイブリッドなんじゃなかろうかと思います。漢字を組み込んでいますし、漢字での造語もしますし。マール的なハイブリッド化に適合するのかは知りませんが。)

マールは、幼少の頃から、周囲からボロくそに言われていたらしい。それの反動なのかどうかは分からないけど、権威主義的な傾向が強かったらしい。旧ロシアあたりの言語学関係の人は、最初はマールを無視していたらしいけど、マールがスターリンと組んでしまった結果として迫害とまでは行かないとしても、隅っこに追いやられたとか。多分ロシア・フォルマリズムなんかも影響を受けたんじゃないかなと思う。まぁ、ヤコブソンがプラハに追いやられて(?)、その後これはマールとは関係ないかもしれないけどWW IIでアメリカに移った。そこでレヴィ=ストロースと出会って「構造」という概念がレヴィ=ストロースに伝わったということのようだ。その辺りはいろいろと人生万事塞翁が馬と言えないこともないかもしれない(人生というか、概念や観念の伝達というか、そういうものの命脈というか)。

マールの業績というか、どれだけ論文を出しているかという話だと、とんでもない数を出しているらしい(数百だとか)。でも、同じことを何回も書いていたらしい。研究を盗んだり、論文を盗んだり、剽窃あたりがあったかどうかは分かりません。とは言え、論文を多く出すのは良いとしても、行き過ぎるとマールみたいに「同じようなものが何回も出てくる」というのが、楽な方法ではある。経験的に、そういうのに似たやり方も分かってますけど、避けたいものの上位に入りますが。上に書いた英語万歳とは違いますが、業績万歳の方については、このような例もあるということで。

たまたま十数年前に読んだ本をめくっていたらマールが目について、「一つの言語に至る」という発想が、形は違えど今の日本にあるような印象と適合するような気がしましたので、駄文ですがメモっておきました。

珍しい自動車を見た(正体不明)

職場の近くの店舗の駐車場に、珍しい自動車が止まっていました。屋根にいくつかアンテナついてました。なんだろうと思いましたが、よく分からない。聞けば良かったかな。

最近だとこういうのをみるとgoogleや他の全自動車なんてのが思い浮かびます。でも多分違う。アンテナにも、それなりに長く使ってますという感じの汚れがあったし。なにより周りを見回すような全周を見るセンサっぽいものがついていない。「実験中」というようなものも書いてなかったし。

TVやラジオの中継車や移動局ということもあるかもしれません。でも局の名前やロゴも無かったからなぁ。田舎だから、そういうのを複数の局で共有しているのだろうか? そうだとすればロゴとかがない可能性もあるかも。

じゃぁ、違法無線局あたりを探す車かなとも思いますが、知っているのと違う。大雑把にアンテナの大きさも種類も違う。種類はある程度どうにかなるとしても、波長の関係で大きさはそれなりに制限されると思う。なので違うと思う。

TVがデジタルになってしばらく経ちますけど、受信状況の確認用の車輌という可能性も思いつきます。でも、これまたアンテナの種類が違う。普通に受信用に使っているのと違うアンテナを使って調べても意味が無いような気がする。換算ができるのかもしれませんが。

あとは、携帯電話のつながりやすさあたりの確認用の車両かなぁ。

車内を覗きこんだわけではありませんが、結構機材が詰まっていた気がします。

うーん、何の車両だったんだろうか?

民主主義を維持する理由はあるのかな?

blogosで、認められない人たちという記事があります。今回の秘密維持法(だっけ?)について私がどういう立場かは一応ノーコメント。というか、そのあたりは関係ない話。

で、その記事で民意で決めるという民主主義が、なんとなく至上的な価値を持っているかのように書かれているのが気になるなぁと。

単純な話で、どれだけ理(?)を言葉を尽くして説明しても理解されず、結果「みんなで決めたこと」を「みんなで決めたことだから」という理由で押し付けられる理不尽さを経験している人は少なくないはず。単純にわかりやすい時期としては、小学校1,2年あたりだと見えやすい形で経験している人が多いはず。当時の先生から、「お前さんの言うとおりだが」とどれだけ慰められたか分からない。けど、結局先生も「みんなで決めたことだから」という。小学校の話と同列にするなという話もあるでしょうが、同じですよね?

まぁ、では、民主主義の構築に心血を注いだ人たちの意思を無視するのかというような話も出てくるでしょうが、あくまで仮定の話ですが、(少なくとも現在の)民主主義を堅持しようとすることこそ、そういう人たちの意思を無視することになると思います。そういう人たちが求めていたのは、「いくらかでもマシなもの」であって(当然利権だとか利害はありますが)、民主主義はその一つ。(少なくとも今の)民主主義を至上のように扱い、他になにかいくらかでもマシなものを探すのを放棄する事こそ、そういう人たちを侮辱することになると思う。

人格と人権て違うんだろうか?

NY州でチンパンジーに法人格を求める訴訟

人間以外の存在に対しての人格

なんて話があります。


こういう話の人格と、人権というのは別物なのでしょうか? 知りませんが。


誰のなんという作品だったか忘れましたが、類人猿にも2/3人権とか、1/2人権とか1/3人権とかを認めるという話がありました。知性化戦争シリーズではありません。


現時点での訴え(訴訟でもそうでなくても)が認められるか、あるいは一般に認知されるか、そのあたりは分かりません。ただ、ちょっと早いんだろうなとは思います。


ロボットは語源というよりも造語された時の意味からして、労働者というより奴隷です。いろいろとロボットについて誰かが語るのを眺めていると、結局そこから離れられていないと思えます。


先 のポスト(というかStoryに名前が変わったのかな?)でちょっと触れましたが、アシモフ(と、後期は誰かとの共著、というか名前を残しといただけか) のファウンデーションシリーズを読むと、後期の方では、ロボットが人間社会を維持しようと、ある意味暗躍している。そこは、R. ダニール・オリヴォーが黒幕で、アシモフの「永遠の終わり」とも関わりそうな感じで、「こういう宇宙(少なくとも銀河)を選んだ」と言っています(あるい は言い訳しています。言い訳というのは、ファウンデーションシリーズでは人類とロボット以外の知性体、大雑把に異星人が現れていませんので)。このR.ダ ニール・オリヴォーは、よく知られている「ロボット三原則」に先立つ「第0条を発見した」ということになっており、それに従って行動したとしています。 R. ダニール・オリヴォー自身、アシモフの「鋼鉄都市」と「宇宙の小石」のシリーズ(どっちが先か忘れた)から生き続けていますし、そもそもロボットの短篇集 の「我はロボット」や「聖者の行進」あたりに現れるロボット達も含めての集大成と言える存在になっていますが。


さ てと、このR. ダニール・オリヴォーのような存在が現れたとして、皆さんは受け入れられますか? この宇宙がどのような宇宙であるかの選択から彼が選んでいるわけです。人類史の全てが彼の掌の上です。私としては、そうなってこそ、やっと人類と対等に話 し合える存在としてのロボットであると思います(というか、そういうのが早く現れて欲しいという意味で)。なお、「聖者の行進」に収録(だったと思う)の 「二百周年を迎えた男」という中編があります。これは長編化され、”The Positronic Man”、「アンドリューNDRなんとか」になっています。まぁこの作品自体不思議なのですが。中編を読んでから長編を読むと、「同じことが書いてあるの に、何でこんなに長くなってんだ?」と思うくらい、何が付け足されているのかが分からない。それほど見事な長編化です。ともかく、こちらの主人公のアンド リューは、人間になることを望み、ロボットという事実上不死になりえる可能性を捨てています。ダニールとアンドリューが選んだ方法はまるで対照的ですが、 私としては、アンドリューのようになってこそ、こちらについてもやはり、やっと人間と対等に話し合える存在としてのロボットであると思います(というか、 そういうのが早く現れて欲しいという意味で)。


対照的である彼らですが、彼らがなぜそのような選択を行なったのか? ロボットゆえです。人間ではないという事実を突きつけられ、葛藤の結果選んでいる。どちらも、彼らにとっての悲劇と読めるでしょう。


さ て、では、我々は人間以外の知性体を認めることができるのか? 異星人ならば、当然彼らはホモ・サピエンスではありませんが、知性体、ここではヒトと呼びますが、そう認めるのにさほど違和感はないと思います。では知性 化された動物たちならどうか? 知性化戦争シリーズにならって、人類ならば彼らをヒトと認めるだろうと思いたいところです。ではロボットなら? 異星人ならヒトと認められ、知性化された動物はヒトとは認められないというのは理屈に合いません。人間の手が加わっているかどうかの違い? そこは本質的な問題でしょうか? 知性なるものを持っているかどかが問題なのでは? ロボットはどういう経緯にせよ人類が作ったから認められない? いや、問題はそこじゃない。彼らに知性なるものがあるかどうかです。


もちろん、現時点で彼ら(知性化された動物だろうとロボットだろうと)をヒトと認めるのは無理です。「認めてもいいかな」と思えるほどの存在になっていませんし、動物については知性化そのものが行なわれていませんから(多分)。


で は、逆に我々はヒト足り得ているのでしょうか? スピノザは「大多数の人間は、このようにせよという命令に隷属することを望んでいる」と言っています。ニーチェは「またずいぶんな書き方をするなぁ」と思 えるような書き方をしています。キリストなんか「迷える子羊」と実際に言ったのかは知りませんが、ずいぶんな言い方だなと思います。その言葉の時点で「胡 散臭い」と思うくらいです。彼らに限りませんが、我々自身に対して、かなりなものの言い方をしている人は居ます。そこまで言われる我々は、ヒト足り得てい るのでしょうか? あるいは、我々をヒトの少なくとも一つの基準とするに足り得ているのでしょうか?


というわけで、現状では無理ですが、知性化された動物たちも、ロボットもヒトであるという前提から出発する必要が、我々にはあるのではないかと思います。


まぁ、単純に言うと、「彼らは奴隷ではない」ってことで。

というような話を書くと


というような話を書くと

というような話を書くと、「では、なぜ他の星の知性体の存在を検知出来ないのか?」という話が出てきます。フェルミのパラドックスです。


ドレイクの方程式だと、仮に電波を使う文明の存続可能な時間は一万年と仮定して、仮の値を求めています。これはいろいろな説があって、短いものだと100年という仮定もあります。ありゃ、これだともう過ぎているか、もうすぐかというあたりですね。


文 明の寿命(電波を使うようになってから)は一万年よりかなり短く、たまたまうまいこと現在の地球ではどこかの誰かが出した電波を受信できないのだという説 もあります。この太陽系は銀河系の端っこの方にあるので、銀河系の中心の向こう側についてはどうにも観測できない範囲があるので、実はそこに存在するのか もしれません。


ところで、地球型惑星の数は、それこそ天文学的だという記事があります。それは納得できます。しかし、そうすると存在を検知することすら出来ない理由がますます分からない。


可能性はいくつかあります。なお、地球型生命以外は無視しておきます。それらは地球型惑星以外でも発生しうると思うので。ただ、そう考えると、なおさら見つからないことがおかしなことになりますが。

  1. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、たまたまうまいこと電波を検知できるようなタイミングでは知性体が現れていない: まぁそういうこともあり得ないではないです。納得できるかというとどうかと思いますが。
  2. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、文明が維持される期間が非常に短い: あり得ない話ではありませんが、例外はいくらでもあっておかしくないと思います。
  3. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、生命が誕生する可能性は低い: これは理屈に合いません。地球型生命は、水があれば、水がいろいろ溶かし込んだ結果としてほぼ必然的に現れると考えられます。
  4. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、知性体が現れる割合は低い: そういうものであると素直に納得できるかというと、疑問が残ります。
  5. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、たまたまみんな中世のヨーロッパ的な文明で止まっている: つまり電波を使っていないわけです。可能性としてはありえるかもしれませんが、納得できるかというとどうかと思います。
  6. 地 球型惑星はむちゃくちゃあるが、そこにいる知性体の技術レベルは電波で簡単に発見できるような文明レベルをとっくに超えている: 電波ではない何かを使っている場合です。もっとも、電波を使っているとしても、AM通信なら検知も非常に単純です。ただのデジタルも多分簡単。ですが、ス ペクトル拡散とかやっていると、難しいのかもしれません(実際の探索はその辺りもクリアしているのでしょうけど)。
  7. 地球型惑星はむちゃくちゃあるが、ある種の知性体が地球人類しか存在しない宇宙を選択した: アシモフのファンデーシリーズの新しい方では、R.ダニール・オリヴォーというロボットが、いろいろやってそのようにしたという設定(というか言い訳)をしています。

こ の辺りに関連して、宇宙人が地球に来ていないのはなぜかという問いもあります。来ていないというだけなら、光速の壁を超える裏技は存在しないか、誰も発 見・発明していない、あるいはコストが掛かり過ぎるということでしょう。ですが、電波を使った探索にすら引っかからないのとはわけが違う。


と いうわけで考えると、電波で発見できない理由というとして納得できるものはどれも決定打にならないと思います。可能性は知性体の技術レベルが地球をはるか に超えているというのは可能性はあると思いますが。ただ、全ての知性体がその段階に達しており、地球人は最後尾を追いかける立場なのか? それはそれで何かがおかしい気もします。


で、そういう文明は、多分ダイソンスフィアを作っているだろうと予想され ています。完全なダイソンスフィアは、太陽からの熱を内部に溜め込んでしまうので、どうにかして放熱しないといけません。天文の方だと、そういう場合は特 定の熱の出しているであろうことが推定されるそうで、そういうのの探査も行なわれています。

まぁ、とりあえず実際はどうなのか知りませんが、今のところ地球人という知性体は一人ぼっち。考え方によっては、宇宙は全部人類のものという考えもできますが。


で、 ロボットの話。人類が一人ぼっちなのはつまらない。だったら知性体をつくろうというのは普通の話だと思います。これだと動物の知性化も範疇に入ってきます が、DNAあるいはジーン、あるいはゲノムに、生物の機能などがどのようにエンコードされているのかがまあ分からない。ヒトゲノム計画がありましたが、あ れはDNAあたりの配列を見るだけ。DNAは3つの塩基の組み合わせで、どういうアミノ酸などが合成されるのかが決定されている。そこもエンコードであり デコードなのですが、ここで言いたいのはそういうところではなく、DNAのエンコードがなぜそのようになっているのか、なぜそのようなエンコードで機能す るのかが分かりません。まぁそこがわかれば、動物の知性化ではなく、人間自身の改造か、人工生命そのものも作れるのでしょうけど。


ともかく、他の知性体の痕跡を発見できないというのは、どう考えても何かがおかしいわけです。不思議です。

宇宙船地球号

宇宙船地球号って誰が言ったんだっけ?ガイアとか言った人が言ってたような気もするけど。wikipediaにありました。宇宙船地球号。まぁそのあたりをどうとらえるかは人によるでしょうけど。

文明の3つの発達段階という話もあります。これもどうとらえるかは人によるでしょうけど。

原発反対の人も、それとは少しずれるところもあるかと思いますが、いわゆる「再生可能エネルギー」をバンザイと言っている人も、ここではとりあえず一纏めにしときます。だいたいですね、「再生可能エネルギー」って言葉が詐欺だと思うんですよね。地熱以外は、太陽あるいは月に依存したエネルギーですし。人間がひょいひょい再生できるというものじゃない。それらを再生可能というのは、驕りすら感じます。地熱は、結構最近まで地球が形成される際のエネルギーが残っていると言われていたようです。ですが、計算してみると、どうもおかしいとのこと。40億年も残っているわけがない、あるいは少なくとも40億年もこんなに残っているわけがない。内部で熱核反応が起こっていないと、話が合わないとのことです。ハッハッハ。地熱発電は原子力なわけですねぇ(少なくとも一部は)。あとは、アルコールにエネルギー源を移行という話もありますね。まぁ現状では太陽に依存していますが。バイオ燃料だと、現状植物に依存するわけです。そうすると、セルロースが無駄に生成される。まぁ、先日セルロースも効率的にうまいこと分解する方法が見つかったらしいです。そのあたりも込みで考えると、光合成も解明されつつあるので、植物への依存は減るか、なくなるかもしれません。

さてと、で、こう書くとわかると思いますが、皆さん、エネルギーしか見ていない。鉄とかいろいろな資源はどうするんでしょう? 採掘可能な鉄の量を見るだけで、「今世紀中、もたないだろ」と思えます。リサイクルでいつまでもってわけには行かないことは言うまでもない。海底を好き勝手に採掘できる技術ができれば、いくらか話は変わってきますが。あるいは、範囲は広いですがエチレンとアルコールを資源の基盤にすれば、また話が変わると思いますが。ポリエチレンとか、いろいろありますし。

でも、結局、「地球で仲良く劣化しよう」っていう合意があるんでしょうか?

政府がしばらく前にメンテナンス元年と言ったとかどうとか。親戚が生コン屋やってましたけど、30年前とかから、「もうメンテしないと駄目だ」って言ってました。なんだかんだ言いながら、メンテナンスをしていたので、首都高とか何とかなってますが(実の所はどうなのかは分からない)。今、本気でメンテナンス元年と言ったのだとしたら、「既に終わっていることが決定している」わけです。

それと同じだと思うわけです。人間というかホモ・サピエンスが火を手に入れた、あるいはホモ・ネアンデルターレンシスが手に入れたのかも知れませんが、その瞬間から、「人類滅亡まであとX日」というカウントダウンが始まっているわけです。それを回避できたかもしれない方法の一つは、ヨーロッパだったらいわゆる中世の暗黒時代。あの手のものが地球規模で維持できていれば、持続可能な社会だったのかもしれません。でも、人間はそういう可能性を手放してしまった。

というわけで、あとは劣化して滅びるか、外にも出ていくか、極論ですがその二択しかない。「みんなで仲良く、再生可能エネルギーで持続、あるいは永続できるので万歳」は無理。そんなのを万歳と思っているなら、IQを測るまでもなく、施設に入った方がいい。まぁそういうことを言うと、(エネルギーに限った話ではありませんが)8割方が施設に入らないといけないらしいですけど。

もっとも、外に出ていくにしても、太陽系内ですら光速の壁がありますからね。火星移住希望者が自殺志願者と言われるくらいに。少なくとも噴射するタイプで光速、あるいは亜光速(光速の10%でも亜光速なんでしたっけ?)にすら到達するのは難しいというか無理(ボイジャーに限らず探査機はあちこちでスイングバイを行なって加速してますが、それはそもそもそこに惑星規模のものがあるから可能な話。それらが亜光速に達しているのかどうかは知りませんが)。噴射しないとなると、電気(と磁気)の魔法でどうにかするしか今のところない(将来的には重力を作って落ち続ける方法もあるのかも知れませんが、その重力を作るのは電気の魔法か、ブラックホールか。ブラックホールにしたって制御あたりに電気と磁気は使うんじゃないかな)。まぁ、光速の壁に対する裏ワザが何かあるんだろうと思いますが。そんな船が湯沸し器で動いていてもあまり嬉しくないなぁ。核融合もどうにかなって欲しいですけどね。出来たところで湯沸し器だと、なんだかイマイチ嬉しくない。そうするとMHDとかそういうタイプの発電が欲しいなぁと思います。

光速の壁に対する裏ワザも、空間をつなげるだったか湾曲させてつなげるだったか、そういうのはこの宇宙のエネルギーをすべて使っても無理と証明されたらしいですが。それだけの話なら、マルチバース的に他の宇宙を一回のワープ毎に何個か潰してって方法もあるかもしれない。こっちの宇宙に流入した分のエネルギーがどうなるのか知らないけど。というか、その方法だとどっかの宇宙の人が、いつこの宇宙を食いつぶすか分からないわけで、やめといて欲しいし、こっちの宇宙の人もやめといた方がいいかなと思いますが。まぁ、そもそも他の宇宙に接触する方法があるのか、あるいはあったとしてもそれに必要なエネルギーはどれくらいなのか、分かりませんが。

とりあえずですね、地球で仲良く劣化して滅亡というのは避けて欲しいわけです。そうすると、文明のI型にまず到達するのは当然(ここには再生可能エネルギーも含みます)。でも資源がまずいとなると、文明のI型は持続不可能。寿命を延ばそうとすれば、資源の面も含めて結局文明のII型に移行するしかない。とは言え、文明のI型から文明のII型への移行って、実は結構連続しているんじゃないかと思います。例えば、衛星軌道上発電なんてアイディアがありますが、そういう発電機を置くなら、地球の衛星軌道上にしなければならない理由はない。地球が太陽を回っている公転起動の近くにそういうの(ついでにもっと大規模なの)を置けば、地球がそこを通るまでどういう方法でか蓄電しておいて、地球が近くを通ったら電力を送ってくれるてなのも考えられる。これは、ダイソンスフィアやその一種であるリングワールドの構築の過程になる。まぁ設置そのものやメンテなんかに、地球という重力井戸をどうするかとか、光速の壁があるわけですが。

そういうわけで、現状で「持続可能うんたら」と言っている人たちは、そのうちに「中世の暗黒時代をもたらした連中」と同じように扱われるんじゃないでしょうか。まぁ、世の中の人が文明のI型への移行も、II型への移行も望んでいないならしかたないですけど。そうなら、人間の文明・文化の終了は、西暦2100年と見込んでおくことにしましょう。2200年でもいいです。

クラクラする

旧大陸(アフリカを除く)の半分くらいでの神話についての古い分析を読んでいるのだが、クラクラする。古い分析なので、今でも有効なのかどうかは知らないけど。

三角形が入れ子のようにというか、言葉を合わせるなら薔薇窓のように現れて、クラクラする。だいたい三角形というあたりで、キリスト教の影響があるんじゃないかと思ったり。キリスト教的な三角形(?)とは、対応するものではなさそうだということは分かるけど。

とは言え、新大陸の神話の分析にも、これとはまったく異なるが三角形が出てくる。旧大陸の残り半分くらいでも3が陽数だとか安定だとか言っているし(これについては、個人的な感覚としては賛同できない。2や4の方が安定なように感じるし、明るいように感じるからだ)。いや、だいたい、全然別の話(いや、そうでもないのか?)で三角形が出てくるし。

神話そのものの成り立ちや経緯もだけど、分析する側に三角形というものが組み込まれているので、三角形が見えてくるんじゃないのか? うー、クラクラする。

最近は陰陽で1bitだと考えることにしている。ちなみに易(?)だと短い4角柱を使うが、4面のそれぞれが陰か陽の印が書かれている。4面だが、1bitだ。占う際には、これを3本使う。3bitで8つの組み合わせがある。で、3本をもう一回振る。やはり3bitで8つの組み合わせがある。1回めの3bitと2回めの3bitで8^2=64通りだ。「当たるも八卦〜」はこの8つの組み合わせの事だ。
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