Michel Aucouturier, 桑野 隆, 赤塚 若樹, 白水社 (1996).
原題 Le formalisme russe (Collection QUE SAIS-JE? No 2880),  Presses Universitaires de France.

ちょっと研究に関連のある人の背景を知りたいと思い、その基礎的な勉強のために読みました。

本書では、ロシア・フォルマリズムの担い手であった「オポヤズ」というグループについて紹介/解説されています。オポヤズは1916〜1917年頃から、1930年頃まで活動が続いたらしい。

もちろん、ロシア・フォルマリズムと構造主義は強い関連があるのだが、それはロマン・ヤーコブソンに負う所がおそらく多いかもしれません。

オポヤズは、「詩的言語」という概念を提案していました。これは、「文学的素材に固有の特性にもとづく、自立した文学にかんする学を生みだそうとする志向」とともに、「文学にかんする学を打ち建てるにあたっての原則、すなわち文学にかんする学の内容、基本的な研究対象」として提案されているものでした。現在も言語の詩的機能、あるいは美的機能と言われますが、これの起原なのかな? その後、詩的言語と散文言語との差異についての様々な議論が紹介されています。ところで、「ザーウミ言語」というのは、例えばの話としては、山下洋輔、タモリや坂田明のハナモゲラみたいなものなんでしょうか?

その後、「手法」と「主人公」の話になります。ロシアの文学史においては(そして多分、それ以外の国と地域でも)、「主人公」という概念が重要な場所を占めてきたが、「手法」という概念がそれに取って代わると言う。

また、「シュジェート」(p. 36)という概念は、ちょうどそんな関係に名前が欲しかったので、ちょうどいい具合に勉強になりました。「シュジェートの構成の手法」としての階段状の構成と引き延ばしの法則というのは参考になりました。また、文学がもともと「物語的」なものか、あるいは「模倣的」なものか、という話も出てきます。「スカース」(p. 37)という言葉は、私はわざわざ使わなくてもいいかも。ところで、「模倣的」というあたりは、R. カイヨワの「遊びと人間(原著発行 1958)」にある、アゴーン、アレア、ミミクリー、イリンクスのなかのミミクリーなんかと関係するのでしょうか。話はズレますが、カイヨワは2つの軸での遊びの分類を試みています。一つはパイディア(気まぐれ)の軸、もう一つはルドゥス(努力が必要なもの)。

「シュジェート」と「ファーブラ」の区別(p. 46)というのも重要かもしれません。

また、「異化」を重要視してもいたそうです。でもそれを言ったら、芸術はすべて「異化」を重要視しているような気もします。

これまでの所で、何か所か、バルトのテクストっぽい概念が既に現れていることも分かりました。

最後は、オポヤズの最期について紹介されています。

しかし、そうか…、あの人はロシア・フォルマリズムの範疇には入らないのか…

意味不明でしょうが、大変勉強になった一冊でした。