2013-Feb-01に行われた、麻布中学の入試で、次のような問題が出たとか。(以下の引用枠内は再構成したもの。)

あるものが生物であるか否かは、次の3つの基準によって判断される。
特徴A: 自分と外界を区別する境界を持つ。
特徴B: 自身が成長したり、子をつくったりする。
特徴C: エネルギーを蓄えたり、使ったりするしくみをもっている

このような条件に照らし、ドラえもんは生物であるといえるか。
また、その理由を述べよ。
ついでに書いておくことがいくつかある。

この特徴では、ある生命体が自身の形、構造を維持することが述べられていない。これは恒常性が保たれているか否かという問題である。目が覚めたら虫になっていた経験のある人はいない。つまり、成長しても老化してもある生命体はある生命体であるとして存在しているということ。

特徴Cについては、通常「代謝を行なう能力があること」といわれているもののことだろう。

3つめに、ウィルスはどうなんだという問題。学術的にはどっちかというとウィルスは生命ではないということになっているらしい。しかし、本当にそういっていいのかどうかという議論はあったと思う。

話題になった問題では、「インターエデュケーション・ドットコム」というとこが解答例を出しており、それによりば、「ドラえもん自身が成長したり、子孫を残すことができないから」とのものだそうな。前提条件として与えられていることの内容と、「ドラえもんはロボットである」という常識から、そういう解答はそのまま出てくる。こんな問題、作ってても解いてても何が面白いのか。ただ、大昔から言われていることだが、ロボットを作る工場を系に組み込んだらどうかということは言われている。そこまで考慮に入れた解答があれば面白いけど。

ジェイムス・P. ホーガンの「造物主の掟」ではもっと生物っぽくなっている。このロボットは、互いにコミュニケーションし、道具を作り、使い、身分制度を持ち、国という概念を持ち、環境を観察し、環境に介入する。十分にドラえもんだ。更に、このロボットはペアを組み、個々のロボットの持つ設計情報の半分ずつを提供し、それを合わせたものを使い、工場内で子供ロボットを組み立てるようになっている。現状、人工子宮はまだないが、それが出来さえすれば、働きはもう同じものだ。そしてそのロボットがドラえもんなら、ドラえもんは生物だと答えるのが妥当だろう。つまらない。この状態で答えを出せる人は何を考えているんだろうか。

なんにせよ、問題となってる設問よりも、「ドラえもんはヒトであるか?」という設問の方がよっぽど面白い。ヒトは何故にヒトという一つのグループにまとめられているのか?あるいは、まとめることが可能になっているのか?それは生物種という問題を超えた問題だ。

例えば、ドラえもんではなく、灰色の宇宙人がやってきたとしよう。もちろん、地球人、宇宙人1という種の区別は残るが、宇宙人という言葉に人という字がついているように、我々は宇宙人1をヒトと考えるであろう。ならば、何を持ってヒトという呼び方が認められたり認められなかったりするのか?

ヒトか否かの判定に、生物種は関係ないだろうことは宇宙人1の例で示した。だが、ヒトという呼び方は生物種しか超越できないのだろうか?

チューリングテストではないが、隣にいるロボットが十分に、人間とも宇宙人1とも共通する何かを持っていたのならば、その何かが今のところ明言されてないだけで、それがあればおそらくロボットをヒトと呼んでも構わないはずだ。実際には明言されてないわけでもなくてSF小説の中ではいくつも議論されてるけど。

で、まあ、勉強しないといけないものが多かったり、コンピューター上の作業環境を変えたりとか、サボってたりとかいろいろ理由があってほとんど進んでなかった私の研究は、結構その辺の一部に関すること。それを今日から本格的に開始しようかと思う。

NWC計画

とか名前付けてみようかな(wcってあるけど、トイレじゃないよ)。