ここのところ、タブレットが出たことで、デジタル教科書とか話題になってますね。タブレットが出た直後からそういう話はありますが。なんか、私が若い頃から何回も見ている、どこかで見た風景。成功するかどうかは分かりませんが。

佐賀県だと、高校生に5万円で売るとか。しかもMS-Windowsが前提になっている。正直、「なぜ?」という言葉しか出てこない。デジタル教科書を作る側の都合でしょうか。デジタル教科書を作る側の都合だとしたら、いまいち納得できません。今どき教科書の内容なんかデジタルデータになってるでしょうから、それをタブレットに流し込めばいいだけ。教科書の内容以外のところでどうのこうのということはあるでしょうが、だとしたら、技術をもってないだけ。MS-Windowsを前提にする理由にはなりません。例えば、FireFoxスマホとか出てますが、あれはブラウザが前面に出てきてます。つまり、要はブラウザにデータを流し込んで、メモ書きできるアプリでもいれればいいんじゃないですかね。動画へのリンクも張れるし。

ディスプレイも、CRTからLCDからスマホとかの有機ELとか使って来ていますが、タブレットを使って思ったのは目が疲れるということ。目とディスプレイの間の距離が近いからかと思いますが。そんなので授業なんかできません。カラーの電子インクってのはすでに開発できていて、そろそろ大量生産も出てくるはずなので、そっちの方が教科書を読みやすいかなぁと思います。

メモ書きも、図でも絵でも表でも数式でも文字でも、好きなときに好きなところに好きなことを書けないと。それと、「あ〜このあたり」という感じで好きなページを開いたりできないと。この2つは最低限の条件でしょうか。

現状で、デジタル教科書を推進したい人たちは、「なんかこんな物が出てきたから凄い」としか思っていないのではないでしょうか。そんなのは、「ごめん、50年前に概念が出てる」としか言えない。

なんて言ったらいいのか分かりませんが。「『今』を見て、反応している」という感じでしょうか。「『過去』から『未来』を見ていて、その中に『今』を位置づけている」のとは違う気がします。

んー、IBMの標語(?)が"Think"だったり、Appleが使った"Think Different"とかあります。で、私が気に入っているのは、MaxHeadroomに出てくるZikZakという日系(?)超巨大企業が使っていた"Know Future"というものです。細かいことを言えば、"Know Future"というより、"We know future"という感じかなぁ。

"Know Future"は"Think"や"Think Different"に近い感じがします。何と言うか、「どうにかして知れ」という感じかなぁ。それは、"Think"だったり"Think Different"という意味になるように思う。何と言うか、「『今』からどうにかしろ」という感じかなぁ。

ですが、"We know future"だと、すでに「知っている」わけです。突然、知っていることになるわけではないので、「『過去』から『未来』を見ていて、その中に『今』を位置づけている」というものに、こっちの方が近いのではないかと思います。

この違いが実は結構大きいのではないかと思います。

話が飛びますけど。知性の根本要因はなにかと考えると、「割り込みをかけられる」ってことじゃないかと思います。脊髄反射とか本能任せではなく、「ちょっと待った」と随時任意に割り込みをかけられる。まずここからはじまるのではないかと。

さて、『今』を生きている人には、割り込みは不要です。『今』しかなのだから、割り込みをかける理由すら無い。なお、これは、「永遠の今」という世界観とは全くの別物です。

「『過去』から『未来』を見ていて、その中に『今』を位置づけている」人にとっては、どうしても割り込みが必要です。過去も未来も膨大な可能性があり、『今』は何かを選ばなければならない。えーと、過去にも膨大な可能性があるというのには違和感がある人もいるかも知れませんが、そういう世界観もあるとだけ。書くのは面倒なので。歴史にifは無いなんて話もありますが、ifはありまくりです。

まぁ、"You can't know future"とか面と向かって言うわけにもいかないので("don't"ではなく"can't"なのがミソ)。

今回のデジタル教科書の試みがうまく行かかどうかは分かりません。でも、「5万円はないだろ」とだけ。

あと追加すると、Dynabook構想で、smalltalkやsqueakを生で使うのは無理がある気がするというところでしょうか。