記者会見とかで、記者の人がノートパソコンを広げてパチパチとキーを打っている場面を見たことがある人は結構いると思います。まぁ、正直うざったい。タブレットより確実に&(多分)楽に入力できるからノートPCを使ってるのだと思うけど。

私自身もPCやタブレットをノート代わりに使っていないのかというと、使っています。でも不便。doxygenの類は便利だけど、使っていてイライラする。ベタ書きしてもメモかコメントか説明かを自動識別してくれるようなものだと便利だけど。図、表、絵(ポンチ絵も、図とアイコンの間みたいなものとかも)、数式とかを楽にかけないので。なので、ノートもメモ帳も紙を使うことが多い。デジタルの方が便利なこともあるけど、その辺りが大きく、移行はまだ出来ない。もちろん、図とかを自由に書けるアプリなんかもあるけど、線の太さとかその変更とか色の指定とか、結局面倒臭い。色については単色でいいんだけど。それと、普段、A4のノートを使っているけど、広げているとその面はA3であって、広いというのもある。

本も、kindleを無駄に複数台持ってたりするけど、やはり同じ理由で結局紙の本を使う方が圧倒的に多い。kindleとかにも注釈を書く機能はあるけど、図とか何とかはまだちょっと(本に書き込みをしない人も多いと思うけど、私は書き込む派なので)。

黒板をデジタル黒板にするという話もあるけど、正直無理。まず画面の広さがまるで違う。「デジタルにすれば、何ページか前というふうに行き来できる」という話もあるけど、面倒臭い。だいたい、「ここは後で使うから、消さずに残しておく」とかいうやり方もあるけど、それは広い画面があるからできること。もう、本当に、画面の広さだけで、デジタル黒板は不採用。採用はありえない。

とは言え、サブの表示装置として使うことは考えられないでもない。でも、上にも書いたけど、線の太さとかその変更とか色の指定とか、面倒。なぜ面倒なのかというと、指定があるから(ペン自体が複数存在し、個々のペンに色の情報が入ってるというのは存在する。これだと、指定というよりも普通にペンの持ち替えなので、いくらかまし)。指定があるってのは、要は、viとemacsのどっちを使いますかというような話に通じる(まぁ、vi (とか今ならvim)は高機能だし、このエントリで言っているような、「話にならない」もののような感じで例に出すのは間違っているけど。モードを意識するかどうかというところだけの比較ということで)。

デジタル黒板だと、PCの画面あるいはウインドウをデジタル黒板に飛ばせるという利点はある。で、その上に何か書き込めるというのも便利だ。でも、そもそもの黒板の画面が広いという利点を潰すには遠く及ばない。若い人のノートの内容を飛ばして表示というのも便利だなぁとは思うけど、これまでに書いたものを残しといて、その横に飛ばして表示となると、結局画面が狭いので無理が出てくる。で、普通の黒板とデジタル黒板を併用しようということになると、デジタルの方はなくても別に困らないことに気づいてしまう。ただのプロジェクタか、単なる大きいディスプレイで済んでしまう。

まぁ、ノートでも黒板でも、今のところの技術だと画面が光っているので、無理。目が疲れる。さんざんPCを使っていて今更何をと思われるかもしれない。でもタブレットを使って、やはりそう思う。ノートとPCだと、目と画面の距離の問題だと思っていた。でも黒板も無理と気づくと、別の要因があるのかもしれない。いや、単に部屋の明るさと画面の明るさが云々という、結局光ってるというところなのかもしれない。

「あー! これはデジタルにしない/したい!」という、キラーコンテンツ的なものが無い。で、そもそも何がどうなって欲しいかという根幹の部分で、「広さ」というのが絡んでくる。これは困るかも。技術開発は続けて欲しいけど、現状ではまだちょっとなぁという状態だと思う。