仕事

リングワールドは可能か?

さて、きっちり計算しようとすると面倒なので、wikipediaの「大きさ順の太陽系天体の一覧」のデータのみを使います。その他にも面倒なので構成する物質やその比率を無視し、質量のみを考えます。また、小惑星帯にあるであろう有象無象や、オールト雲とかも基本的に無視します。

さて、それで何を言いたいのかというと、太陽系内の物質でリングワールドを構築することは可能なのかということです。

上のページに挙げてあり、かつ推測であっても質量が挙げてある惑星、小惑星、微惑星、衛星の総質量は2.66884E+27kgとなります。 1.1E+10という書き方は、1.1 * 10^10の意味です。ここでは当然太陽の質量は除いていますが、地球と月の質量は込みです。リングワールドの構築中、人類はどこに住むんでしょ? (笑)。

さて、太陽を可能な限り包み込むダイソンスフィアでは違うかもしれませんが、リングワールドですので、単位面積あたりに当たる太陽光の量は同じになるように、地球の公転軌道にリングワール ドを作ることにしましょう。すると、地球公転半径は1.474E+11 mです。それに従って、円周は2πrにより、9.261E+11 mとなります。

先 に行く前に、地球についてちょっとまとめときます。地球の体積は1,083.211E+9 km^3。これを立方メートルに直すと、1.08321E+21 m^3です。地球の重さは5.9736E+24kg。ここで立方メートルあたりの重さは、5514.72kgとなります。

さて、上で公転軌道の円周の長さを求めましたが、リングワールドでは面積が必要です。そこでいくつか場合を分けます。

場合1: リングの幅が1,000km(1,000,000m)の場合

この場合、リングの表面積は9.261E+17 m^2となります。

ここで、強度計算は分からないのですが(使うものや構造によってかなり変わると思う)、地球の地殻の厚さを参考に、リングの厚さを50km (50,000m)とします。

ここでも手を抜き(本来なら、円筒からその内側の部分を引いて計算しないといけない)、面積と厚さの積でリングの体積を出してみます。すると、4.631E+22 m^3となります。

さらに、根拠はありませんが、先に求めておいた、地球の立方メートルあたりの重さとこの体積の積により、質量を推定します。すると、2.554E+26 kgとなります。

場合2: リングの幅が地球の直径に等しい場合

この場合、地球の半径は6,371kmですので、リングの幅は12,742,000mとなります。これと円周との積により、リングの面積は1.180E+19 m^2となります。

ここで、リングの厚さを上の同じく50km(50,000m)として体積をだすと、5.900E+23 m^3となります。

さらに同様に質量を推定すると、3.254E+27kgとなります。

場合3: リングの幅が地球の直径に等しく、リングの厚さが幾分薄い場合

この場合、地球の半径は6,371kmですので、リングの幅は12,742,000mとなります。これと円周との積により、リングの面積は1.180E+19 m^2となります。

ここで、リングの厚さについては、40km(40,000m)とします。この場合で体積をだすと、4.720E+23 m^3となります。

さらに同様に質量を推定すると、2.603E+27kgとなります。

場合4: リングの幅が地球の円周の四分円分に等しく、厚さが薄い場合

この場合、地球の半径は6,371kmですので、円周は12,742,000mとなります。四分円ですので、その1/4=1.001E+007m (10,007,541.32m, 10,007.5km)。ちょっと補足しときます。場合2と場合3のリングの幅は地球の直径です。それに対して、こちらでは円周の1/4です。2rと2πr/4、 πと4は近いので除くとして考えると2r≒2πr/4になります。これと円周との積により、リングの面積は9.268E+18 m^2となります。

ここで、リングの厚さを50km(50,000m)とします。この場合の体積は、4.634E+23 m^3となります。

さらに同様に質量を推定すると、2.556E+27 kgとなります。

場合5: リング内の面積が地球の表面積に等しい場合

この場合、リングの幅は5.507E+2 m、つまり550.7mになります。

これはあまり嬉しくないと思いますので、ここまでで破棄します。


さて、大雑把にも程がある計算ですが、ひとまず結果をまとめてみます。いずれもオーダーと言う程度の話と思ってください。

系内にある物質の質量: 2.66884E+27kg 。

場合1: リング幅が1,000kmの時に必要な質量: 2.554E+26 kg。

場合2: リング幅が地球の直径に等しい時に必要な質量: 3.254E+27kg。

場合3: リング幅が地球の直径に等しく、リングが幾分薄い場合に必要な質量: 2.603E+27kg。

場合4: リングの幅が地球の円周の四分円分に等しい場合に必要な質量: 2.556E+27 kg

場合5: あんまり嬉しそうじゃない。

すると、場合1は系内の質量より一桁少ないので、できるかもしれない。

場合2と場合3と場合4は、系内の質量と桁が同じなのでどうなるか分からない。

というところでしょうか。

ちなみに、場合1の1,000kmというのは、直線距離で仙台-山口程度のようです。あまり幅があるとも言えないかもしれません。

リングの幅が地球の半径の場合は、場合2の1/2で質量は1.627E+27 kgになります。


というわけで、系内での移動さえどうにかすれば、系内の材料だけでリングワールドは作れるかもしれません。これはちょっと予想外でした。

で すが、地球のある辺りはそれほど恒星系が密集しているわけでもないので(地球の傍でなくても同じようなものか?)、リングワールドを作った後、系外に出て 行く材料にするものの調達が難しくなるかもしれません。系外に出て行くことを考えると、場合1に近いあたりの物を作るのがいいのかもしれません。あるいは、そうでなくとも、物質の内訳を考えるとその辺りになるのかもしれません。

すっ ぽり包むタイプのダイソンスフィアは、単一の系内ではおそらく無理なのでしょう。そうすると、近くの系まで食いつぶすことになるかもしれません。その場 合、その系から外に出ようとすると、途中で寄港するような場所もなくなるわけで、ますます外に出て行きにくくなるのかもしれません。計画的に残しておけば 話は別ですが。

恥ずかしい

GIGAZINEでフランスの42っていうコンピュータ系専門学校の記事があった。

42っていったらあれでしょうと思い、「質問が何だったのか教えて欲しい」みたいなツイートをしてしまった。

で、42のサイトを見たら、当然FAQを発見。「どれどれ」と思って見たら、FAQの最初にはっきり書いてある。恥ずかしいツイートをしてしまった。でも面倒だから消さない。というかこんなエントリを書く時間で消せるけど、どうせだから消さない。そうか、ヒッチハイカーもvoyageurになるのかぁ。なんかすこし感じが違う気もするけど。へー。(google先生の翻訳で試してみると、ヒッチハイクガイドになるなぁ。そうなのか。)

でも、こういうネーミングって賭けだよね。分からない人には分からない。42はかなり有名なネタだと思うけど。

追記(2013-OCt-31 22:15) ==== BEGIN
上の「42っていったらあれ」のリンク先はwikipediaですが、そのはじめの方にこう書いてある。

奇抜な、ほとんど意味不明の領域に近づいたアイデアと、

Monty Pythonとか観てると、ナンセンスでシュールな感じなのが英国の笑いの標準なのかとか思ってしまう。多分そんなことはないのだろうけど。42のネタ元もナンセンスでシュールな感じなのはMonty Pythonと似てる気がする。元の作者がMonty Pythonの関係者と知り合いらしいから、その面で似てる感じがするだけであって、この感じが英国の笑いの標準ってわけじゃないのだろう。これが標準だった、ある意味で怖い。
==== END

講義とかテストとかレポートとか

大学なんかだとという前提で。このあといちいち断るのが面倒なので。

講義でも、学生の様子を見ながら補足したり、別の説明をしたりする。学生が質問をしてくれると助かるのだけど、なかなか質問してくる人も居ないので、まぁ雰囲気で何となく判断してる。そういう時、教室にもよるけど、スクリーンの脇にはみ出してる黒板を使ったり、一旦スクリーンを上げて書いたり。こういうのは小中高でも同じだと思う。一応両親が教員だったので話を聞いたことがあるけど、毎年ここでつっかえるという部分と、年によって違う所につっかえる場合があると言ってた。それは同じなようだ。あと、大学だとやったりやらなかったりだけど、少人数がつっかえてる場合、つっかえてる学生を見つけといて、全体に練習問題でもやらせといて、その間にその何人かのところを回って補足の説明をしたり、説明の仕方を変えたりする。これも小中高でも同じ。少なくともうちの両親はそうやってたと言ってた。

まぁ、本音で言えば、大学なら「この30冊(数は適当)を読んどけ」だけでいいと思うんだけどね。それでわからない所があれば、学生同士で考えた後、聞きに来てくれればいい。「学生同士で考えた後」というのは、一人ひとりが別々に来られても、時間がかかるだけだから。学生同士で頭をひねるのもいい経験だし。

私が学生の時には、とんでもない先生が居たけど。講義の最初から最後までものすごい勢いで板書する先生だった。板書をノートにとるのが追いつかないくらい。講義のあとで、その講義の内容は一体何だったのかと悩んだ。その講義の良し悪しはともかく、そういうのもありだとは思う。

テストだと、例えば、答えの数字だけを書かせるようなものはあまりやらない。そういうテストしかできないというものもあるにはあるけど。答えに至るまでの過程も書くようにしてる。で、採点の際には、学生は間違っていることを前提とする。最終的な答えは間違っていても、過程がOKなら、できるだけ部分点を付ける。たまに、「おー、講義ではやらなかったけど、そっちの解法できたかぁ」とか、「おー、その解法もありだ」という解答があったりして面白い。逆に、最終的な答えが正しくても、過程が駄目なら、「話にならない」と採点する。どっちかというと、正しい答えを出せるかどうかよりも、きっちり考えられるかの方を重視してる感じ。私が大学生だった時も、そういう採点をされてたし。小学校だと、こういうやり方はちょっとむずかしいかもしれない。中高なら結構こんな感じにできるんじゃないかと思うけど。

レポートは、レポートと言ってもいろいろあるけど、とりあえずこっちがテーマを設定して、あとは各自調べて書いてくるようなのが好き。テーマも結構大雑把なのしか与えないような感じの方が面白い。まるで話にならないのを書いてくる人もいるけど、「とにかく頑張ったのは分かる」というのを書いてくる人や、「こりゃ凄いや」というのを書いてくる人もいる。で、ここでちょっと不満があるのが、レポートは提出したらそれで終了と考えてる学生が多いこと。なので、google appsのサービスを利用して、google docsあたりでレポートを書くようにしている。これだと、こちらがコメントを書くのも楽だし、学生が直すのも楽。でも、やはり一回提出したらそれで終わりと考えている学生はいるけど、結構こちらのコメントに答えて直してくる。何回もコメントを付けて、だんだんいい感じになってくるのを見ると、正直面白い。いい感じになっていくのを見るには、学期くらいかかるようなテーマにしないと行けないけど。まぁ、そんなテーマはその辺にゴロゴロしてる。

小中高だと、レポートってのはあまりないかもしれない。作文とか、高校だと受験対策の小論文があったりとかかと思う。あ、小論文で思い出した。高校の時の小論文ので、学期末に先生に呼び出されて行ったら、なぜか提出した小論文の返却だけだったことがあった。だけだったというか、「印刷して学年に配ろうと思ってよけといたら、どこに行ったか分からなくなってた。この間、やっと見つけたので返しとく。配れなくてごめん」てな感じだった。配られたら、中身も恥ずかしいし、字も汚くて恥ずかしいので、配られなくてむしろ良かった。

私の場合だと、学生と先生の間を何往復もするのは、たぶん卒論が最初だったのかなと思う。学生の立場だと、面倒臭いとも思ったし、これは特定の先生の話だけど、赤で何と書いてあるのか読めなかったり、あるいは要求されることを書くために何をどのように書けばいいのか悩んだり、これもまた別の特定の先生だけど、直すところに下線を引くだけで、何がどのように問題なのかすら分からずに悩んだりというようなことがあった。でも、確かに最初の原稿よりだんだん良くなっていくのは分かった。その過程で(La)Texのしょうもない小技を覚えたりもしたり。

まぁ、そんな感じで、講義もテストもレポートも、学生との対話を求めている人は結構いると思う。その機会を学生が自ら捨てるのはとてももったいない。授業の形態にしても、対話の機会を減らすのはもったいない。

あと、私が若かったころは、テキストとノートがメインだったけど、とりあずそれを合わせて考えると、結局教材が個人用のものになっていく。個人用のものになっていかない人は、頭のいい人か、個人用に仕立てられない人。その辺りも若い人に伝えていきたい。これもまた難しいけど。

授業中のマナー

Yomiuri Online > 大学の実力 > 授業中のマナー

>千葉の高校教員から手紙が届いた。「大学の実力」調査で、授業中のマナーへの対応を
>尋ねていないかというのだ。

ということで、この先生は高校での携帯電話のマナー教育(?)の例を挙げているようです。

うーん、不登校問題については、大学の実力の記事に賛同する部分も大きいですが、これについてはどうなんでしょう? 私が所属しているところでは(あまり)問題になっていないだけで、大きな問題になっているところもあるのかもしれません(記事にはそれっぽい記載もあります)。そのあたりの実情というものが分からないという前提でということになりますが…

講義中に私語とか、携帯電話をいじったりしていれば、おそらくは試験の結果に影響してくると思います。携帯の着信音が問題という可能性もありますが。大学は単位制であることとか、望んで進学したことを考えると、「言うまでもない」ことのように思います。

こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、新歓コンパなどで、お酒だって飲んでしまうかもしれません。社会的にも、まだ指導を受ける側なのできっちり一人前として扱われるわけではありませんが、そこそこ一人前という扱いでしょうし、そこそこ大人として扱われるわけです。そのように扱われる学生に、高校から継続したマナー教育が必要なのでしょうか? そもそも、小中高の学校でさえ、それほどマナー教育をやる必要があるのでしょうか? 家庭での育て方の問題のように思います。

でも、入学時や新年度開始時のオリエンテーション以外でそういうことをやろうとするなら、ホームルームとかも大学には無いので、単位が出る講義としてやらないといけないですよね。それも必修でと言うことになるのでしょうか? そこまでやる必要があるのかなぁ…

えーと、話はまったく変わりますが、ずいぶん前から思ってることをついでに書いておきます。

「さんてんりーだ」という入力から、「…」に変換してくれるとか、「なかぐろ」から「・」に変換してくれるとか、「ぎゅめ」から「《》」(あれ? 記号が違ったかな?)に変換してくれるとか、そういう記号類(数学記号も含めて)の名前からちゃんと記号に変換してくれるIMEって無いのでしょうか? 自分で辞書登録すればいいわけですけど、面倒なので。

Google Apps

う〜む。なんかGoogle Appsが期待どおりの動きをしてくれない。やってることがちょっとややこしいというのもあるのかもしれないけど。

やってるのは、a@google.apps外のgoogleのアカウントのカレンダーの項目を、b@google.apps内のアカウントとc@google.apps内のアカウントで共有。で、b@google.apps内のアカウントで作ってるサイトのページに、c@〜のカレンダーを埋め込むということをやってます。

a@〜と、b@〜とc@〜の共有はうまく出来てるし、b@〜とc@〜のカレンダーで見てもちゃんと表示できる。で、c@〜の項目はgoogle.appsのユーザ内に見せるように設定してる。しかし、b@〜でも、c@〜でも、それ以外のd@〜のアカウントでも、Google Apps.のサイトに埋め込んだカレンダーを見ると、「閲覧権限がない」とかなんとかで表示されない。

これが常に表示できないのであれば、まだ何か設定がおかしいのが確実なのですが、見えるときと見えないときがある(見えないときの方が多いかも)。う〜む。何がいけないのだろう?

Gadgets

なんとなく、持ってるガジェットを並べてみました。

DSC_0008

画像、小さいかな?

上にあるのが、ポメラです。長い文章をひとまとめに書くことはできませんが、使い方次第でどうにか使えます。仕事関係で、ちょっと実験の試料用に翻訳をしているのですが、主にそれ用です。今取りかかってる、A5で15ページくらいのの下書きにも、ファイルは分割されますが、使ってます。

下の方は、一番左がBoogie Bordです。小さな電子黒板というか電子ホワイトボードというか、そんな感じのです。まぁそこそこ便利。操作も、画面に書くのと、クリアボタンが有るだけ。でもこれ、電池が埋め込み式で交換できません。電池の寿命は結構長いみたいなので、そのこと自体は問題ないかもです。ただ、要望を言うなら、一面で良いからメモリと呼び出しができたら、なお便利な気がします。そうなると画面書き換えの回数も増えるので、電池は交換できるようにしないといけないかも。メモリが一面だけでいいというのは、二面以上あると、インタフェースが面倒になるかもねという気がするので。

左から2個めがKindle 3です。持ち歩いて便利に使ってます。中に何冊入ってるんだろ? そこそこ入ってます。

その右、つまり右から2つめがGalaxy Tabです。研究用に買ったものです。今のところ、使い勝手とか、設計思想を体感している感じ。マーケットから手に入れたBookManagerというソフトが大変便利です。

一番右が、Galaxy Tabとの比較用に買ったiPadです。iPadはちょっと使ってみて残念な感じ。ソフト次第ではありますが、標準のソフトはなんというかAppleらしさが少ない感じです。ホームボタンのダブルクリックという操作もあったりして。で、面積的にはiPadも良いかなと思うのですが、意外に体感的に重いです。

このほかにも、電卓と電子辞書とKindle DXを使っています。

不登校生訪問

Yomiuri Online > 大学の実力 > 不登校生訪問

関連する記事は他にもありますが、とりあえず上記リンクということで。

目を通して最初に思ったのは、やはり「そこまでする必要があるのか?」ということでした。

しかし、私自身の大学生時代を思い出してみると、ある先生であるとか、ある学科の先生方のご好意で、学生が24時間365日、いつでもたむろできる部屋があったんですね。そこにたむろしていたのが私の友人たちなわけですけど。そこで、しょうもない活動とか、だべりとかをしていたわけです。そういう、大学に居場所があるというような感じがあるかないかで、状況はずいぶん違うようにも思います。先生方から積極的にどうこうということはありませんでしたが、学生同士で何かやったり話したりすることができるだけで状況はずいぶん違うかなと。

普通の状況では、サークルの部屋あたりがそういう場所に当たるのでしょう。ただ、あの部屋ほど好き勝手できるものかというと、多分なかなかそうはいかないだろうなぁとも思います。飲食、泊り込み、勉強、サークル活動(これも中身はいろいろ)、好き勝手やってましたから。

そういう部屋があればと思う反面、大学としての施設やら学生やらの管理という問題を考えると、そこまで好き勝手できる部屋を用意するのは普通は難しいかもしれないとも思います。

さらには、サークルなり何なり、居場所を見つけられれば不登校にはならないのではとも思います。表現が微妙ですが、悪くとも、講義には出ていなくても大学には来ているという状況とか。

物理的にせよ、精神的にせよ、居場所を見つけられるかどうかというのが大きいかもしれません。連載の過去の記事でも、大学が学生の居場所を用意することで状況が変わったというような記事がありました。

そういう場所を、いろいろな意味でどのように管理するかという問題はありますが、どのような形であれ、そういう場所が大学には必要なのかなと思います。特に、私の世代もそうですが、大昔のように友人の下宿に入り浸るというような関係は、現在では難しいでしょうから、なおのことそれに代わる場所を用意する必要があるのかもしれません。

新学期

某掲示板にも簡単に書いたことですが…

4月ももう目前に迫っています。東北の方では学校の新学期はどうなるのでしょうか?

小中高については、地域を基盤としているので、学校の施設が無事ならば、荒っぽい言い方ですが、避難所や仮設住宅から通うことも不可能ではないかもしれません。もっとも、教科書や文房具をどうするというような話はありますが。

大学の場合は、事情が違ってきます。地元から離れて進学している人、進学する人といるわけです。進学する人については、仮にアパートが見つかっていたとしても、今度の状況でアパートが無くなっていたりということもありえるのかなと思います。あるいは、探そうにもどうにもならないという状況もあるかもしれません。

学校・大学の施設に問題が出ていたら、加えて厄介なことになります。

学校・大学、文科省は何か考えたり、対処したりしているのでしょうか? 気になってしまいます。

大変なことになってますね

まだ東京にいます。東京でも揺れが大きく、長かったです。

東北の方は大変なことになっているようですね。

こちらはこちらでそれなりに大変で、宿に着くのが今になってしまいました。疲れた…

東京

東京に来ました。

来たのはいいのですが、キャリーケース(っていうの?)の鍵を途中で落としてきてしまいました。宿で、鍵を開けてくれる業者を探してもらい、なんとかあきましたが。

料金は、高いのかなぁ、妥当なのかなぁ、安いのかなぁ。判断がつきません。

鍵の方は、「落としたならあそこか」という心当たりがあったので、そこに電話して聞いてみたところ、どうやら確保されてるみたいです。本当にそれかどうかは後で合わせてみないと分かりませんが。
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